2012/04/19

【書籍】『コメ自由化はおやめなさい カリフォルニア日系農民からの忠告』(ネスコ)鯨岡辰馬


この本が出版されたのは1990年、GATTのウルグアイラウンドの頃です。タイトルにある「コメ自由化」とは、当時ウルグアイラウンドでアメリカ等から要求されていたコメ関税化のこと。今話題のTPPによる関税撤廃の話ではありません。
当時はまだ食糧法の時代。コメは政府がいったん買い上げてから、民間業者へ売り渡されるという流通ルートが原則でした。基本的にコメの輸入はなく、ミニマムアクセス米という言葉すらありませんでした。
その後、1993年の凶作によるコメ騒動、タイ米騒動、食管法廃止と食糧法への移行、関税化免除の代償としてミニマム・アクセス枠の設定、その後結局は関税化受け入れ、といったコメ業界の転換期がおとずれます。
これは、それよりちょっと前の時代の本です。

著者はカリフォルニア州にある国府田農場で長年にわたり支配人をしていた方です。
国府田農場で生産、販売されている「国宝ローズ」というお米は、在米邦人にはポピュラーな存在のようです。私も名前だけは聞いたことがありました(まだ食べたことはありませんが)。
最近は国宝ローズのライバルとして、同じくカリフォルニアで栽培される短粒種の「田牧米」というブランドも登場し人気が出ているようです。

さて、本書の内容ですが、
第1章「コメの貿易自由化に疑問あり」でコメ自由化反対の主張、
第2章「日本の移民がコメを作ってきた」で国府田農場の歴史、筆者の経歴、
第3章「カリフォルニアのコメ作り」で現地での栽培方法のあらましなど
と構成されています。

「自由化はおやめなさい」の理由

第2章、第3章も面白いのですが、ここでは第1章だけ紹介します。

当時のアメリカが日本にコメ市場の開放を迫る理由について、筆者はつぎのように分析します。
アメリカのコメは輸出商品であり、世界市場の動きに反応しながら生産を続伸させてきた結果、コメあまりの状況になった・・・・・・。
その時期にちょうど、お得意先の東南アジアで自給自足体制がととのい、さらに値段の安いタイ米が出回り、世界市場を蚕食された・・・・・・。
アメリカはやむを得ず国際価格に合わせてダンピングし、生産調整のために減反政策をとった・・・・・・。
そこで補助金など財政支出が増加し、新しい市場の開拓に迫られた・・・・・・。(p.43)

そして、自由化論者の主張する自由化のメリットに疑問を呈します。
・・はたしてコメ自由化論者のいうように「安くておいしい米」が安定供給されるのだろうか・・ (p.44)
つづいて、この疑問について検証されていきます。
要約すると、
  • 「日本人の口に合うコメ」という条件には、ミシシッピー川周辺の南部のコメでは話にならない。カリフォルニア米に限定される。
  • カリフォルニアは水事情がわるく、安定供給はむずかしいだろう。
  • アメリカ製の輸入缶ビールも、日本国内ではアメリカよりもかなり高い価格で販売されている。輸送コストや流通マージンのためだ。カリフォルニア米が日本で販売されるときも、そう安くはならないだろう。
  • アメリカ国内でのコメ価格は日本国内の値動きと比べて激しく上下し安定しない(当時は食管法の時代で、日本国内には政府による強力な米価支持があった)。
  • アメリカのコメ農家はコメについての知識に乏しく、品種に対する感覚も日本人からすると信じられない位に適当。
  • 文化の違いもあり、アメリカ人は日本人のようにコメのデリケートな味の差を区別しない。
そして、
やがては、日本人はまずいコメを高い値段で押しつけられるのではないか。私は、そんな気がするのです。(p.65)
と、危惧しています。

出版から20年以上が経った現在、状況もすこし変わりました。
海外でもコシヒカリやあきたこまちなどの品種が栽培されるようになったり、消費者の舌も他国の食文化を楽しめるほどに成熟したり、当時よりもさらに円高が進んだり、日本の輸出産業はかつての勢いを失い、貿易摩擦が話題になることもなくなり、国際的な相場にくらべれば安定しているとはいえ国内の米価もかなり上下するようになったり・・・。
ここで語られている「自由化するべきでない理由」も、現在では意味が薄くなっているものも一部あると感じられます。
しかし今も変わらず重要なのは、食糧安全保障の観点です。海外にすっかり依存してしまうなら、それこそ「まずいコメを高い値段で押しつけられる」おそれがあります。石油もそうですが、ライフラインに関して売り手の言い値をのまざるを得ないのはつらいことです。

前原誠司氏が1988年に書いた報告書

1章の締めくくりとして、筆者の上記主張に対する批判が2つほど紹介され、それらへの再反論が展開されます。
その批判のひとつのが、
【松下政経塾第八期生編集・発行『海外研修報告署 - 日米摩擦の本質を探る』88年、「アメリカからの検証 - 牛肉・オレンジ交渉に学ぶコメの自由化問題」前原誠司】
このレポートに対する鯨岡氏の不満は、FRCやRGAといった精米業者を農協のような存在と前原氏が誤認している点や、業者への一面的な取材だけで彼らの誤った発言をそのまま材料としている点などです。
しかし、報告書自体については、
この報告書は、なかなかよくまとめられていて、それなりに読みごたえのあるものでした。筆者は若い人だと思いますが、分析も鋭く展開も巧みで、私など及ぶべくもなく、大いに敬意を表したいと思います。これが非売品で一般の目に触れにくいのが残念です。(p.85)
と、高く評価しています。

また、報告書を引用しながら、こう紹介しています。
・・・報告書はこのあと、「ワシントンでの動き」「今後のアメリカの戦略」「日本のとるべき道」と展開していますが、終章で筆者は、主観的で短絡的だとの批判を受けるかもしれないがと断りつつ、
〈・・・私の立場は、国土保全、食糧安保、そしてコメの持つ文化的な要因から、日本のコメ生産者には生き残ってもらいたいというものだ。・・・〉
と、心情を述べています。完全自由化で日本のコメ農家が生き残れるかどうか疑問であるから、少しの輸入枠を設けて「皮を切らせて肉をたつ」(原文まま)のが望ましい方法だ、日本は自国の立場を正々堂々と主張すべきだ、という結論には、多少の検討の余地をのこしながらも、私は拍手を送りたいと思います。(p.95)
それから20数年が経って、この報告書の作成者は「もちろん、われわれも農業は大事だと思ってますが、TPPに入ろうが入るまいが、日本の農業はもはや曲がり角なんです。」 という心情に達するのです。

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