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2018/10/27

新米と古米 続きの話

 前回につづけて新米と古米の話です。

 古米についてよく耳にするのが、「古米は水をよく吸う」とか「古米は炊き増えする」という話です。若い人はあんまり言わないみたいですけど、ベテランの料理人さんは普通に口にします。
 一方、古米は組織が劣化して吸水力が落ちる、という説明も聞きます。
 ややこしい、どういうことなのか?

 「古米はよく吸水する」の根拠としては「古米は新米より乾燥がすすんでいる」と説明がされます。新米よりも水分が抜けているので、その抜けた水分ほどより多く吸水する余裕がある、新米よりも伸びしろがあるという理屈です。生米との重量比、容量比で新米よりも古米のほうが増え方が大きい、つまり「古米は炊き増えする」。細かいところですが職業人としての料理人さんにとっては、この古米と新米のコスパの違いは常識的な知識となっているようです。また、天日乾燥しかなかった時代、新米は乾燥不十分であることが多かったようで、より炊き増えの程度も明確でそれにより古米が高く評価されたりしたようです。

 例えば1969年に出版された沢田徳蔵『うまい米』から戦前の「追古」についての記述を引用します。追古とは1シーズン前の古米に対して1~5月の期間に限定して使われた呼称だそうで、「ついこの間」古米になったという意味でツイコとのこと。昨シーズン平成29年産のコメは年明けて平成31年の1月から5月までの間は追古ということになります。

戦前の自由取引時代には、新穀がとれて古米扱いされるようになっても、梅雨前までは「追古」といわれて値段も新穀と変わらず、筋肉労働者でないサラリーマンや老人には追古のほうがかえって喜ばれたものである。
・・・中略・・・
これは味も新穀ほどにしつこいことがなく、かつ追古の方が炊きぶえするので、同じ三杯食べても実質は追古のほうが量が少ないわけで、腹ぐあいがよかったのである。
・・・中略・・・
追古が炊きぶえする理由は、一年間保存されているうちに(じょうずな保管でないといけないが)水分がいくぶん自然蒸発して乾燥がよくなっていたからでないかと私は思っている。
沢田徳蔵「うまい米」

 蒸発した水分の差であれば、実質的なデンプン、タンパク質、その他の量は変わらないのだから、「同じ三杯食べても実質は追古のほうが量が少ないわけで」というのはちょっとわからないのですが、実際に体感して腹ぐあいがよかったのでしょう。

 もうひとつ、敗戦直後の農村を描いた横光利一の「夜の靴」の一節です。コメが不作となり村内のほかの農夫たちがつぎつぎとコメを持っていそうな久左衛門に借りに来る。うんざりした久左衛門が愚痴ります。

「死ぬ、死ぬ、いうて、朝からもう、来るわ来るわ。米を貸してやるのは人情だ。けれども、毎年貸してばかりで、借りる方は、借りるのを当然だと思うて有難がりもしやしない。今年も貸してやるとなると、借りたものが助かって、貸したものが死ぬじゃないか。死ぬなら共倒れになりたいものじゃ。借りたものだけ助かって、おれだけ死ぬのはおれはいやだ。」
「それはそうだのう。」と一人がぼんやりした声でいう。
「もうこうなれば、誰も米がないということにするより仕様がない。あれがある、これがないといっていたんでは、始まらないじゃないか。あっちから貸せ、こっちから貸せでは、もうおれの米だって、いくらもないわ。新米が出たら返すというが、古米を貸して新米で返されたんじゃ、一升五合と一升二合との替えことで、話にもなるまい。古米は古米で返して貰わねば、ま尺に合わぬわ。」
 なるほど、新米一升と古米一升では、炊き増えする古米を貸したものの方が、はるかに損をするということ。
横光利一「夜の靴」

 ちょっと大げさなのでしょうが、久左衛門さんの言葉通りとすれば、古米と新米で20%もの差があることになります。今の新米、古米でこんな明瞭な差はありません。現在では、水分値から考えても、新米でも15%超えることはなく、古米でも13%を下回ることはまずありません。実感できるほどの炊き増えはもう過去のものと思ってよいのでしょう。


 一方の、「古米は吸水しない」の説明は、「古米化すると細胞壁をつくるセルロースなどの成分が結合して水が侵入するのを邪魔してしまう」という話。水がしっかりと吸われるまでに時間がかかるということでしょうか。
 よく「古米は吸水率が悪いので水加減を多めにする」という説明があります。しかし吸水率が悪いなら水加減を増やしたところで水蒸気や飯粒表面の付着水が増えるばかりではないか?との疑問が浮かびます。吸水率、吸水力を浸漬中にコメが吸える水の限界量や吸水スピードとするならば、いくら水を増やしてもコメの能力には関係ないはずです。でも、古米は水を増やした方が良い結果になることは皆さん実感されているのではないでしょうか。「吸水率云々・・・」という説明がよろしくないのか?
 炊飯は加水量を増やすことで調理時間を延ばすことができます。この調理時間の延長に水を増やす意味があると思っています。吸水率の低下だけでなく、アミラーゼ等酵素の活性低下、水分率の低下など、時間をかけて吸水、糊化するための加水量の増加ということで、とりあえず私自身を納得させておきます。

  

2018/10/26

新米の味、古米の味

新米より古米がうまい?


「今は低温倉庫が当たり前になっているので、古米も新米と変わらない。むしろ古米の方が味が乗ってて美味い。」ということをまことしやかに言う人が時々います。食通を気取るオジサマか、古米の売残り在庫を山ほど抱えている販売業者や直売農家に多いようです。
 本当にそうなのでしょうか?これについて私見を記します。ちなみに、この記事で「古米」とは前年度産のコメを考えています。

格差の縮小


 まず、低温倉庫や籾貯蔵の普及その他保管技術の進歩によって、古米の品質がかつてよりも大きく向上したことは事実と思います。保管の仕方があまり重要視されていなかった昭和時代はあきらかに新米の方が美味しく、そのためにやたらと新米をありがたがり古米を嫌悪したのも理解できます。しかし現在は適切に保管されたコメであれば古米臭がきつくて食べられないなんてことは滅多になく、普通に食べられてます。この数年連続したコメの値上もあってか、かなり遅い季節まで古米で引っ張っている飲食店等もありますね。
 また、新米は乾燥が不十分で水分量が多いから水加減を控えめに、なんて昔は言われていましたが、それは機械乾燥が普及していなかった時代の話で、今でも確かに新米は軟らかいのですが昔ほどに水加減を減らす必要もないと思います。
 機械乾燥の普及により新米の乾燥不足の減少と、低温貯蔵の普及による古米の品質劣化の緩和によって、新米と古米の違いは昔ほど大きくはないということです。
 余談ですが、乾燥機の普及と品種の移り変わりによって、太平洋側の産地=硬質米、日本海側の産地=軟質米という言葉が死語になっていますね。

一長一短


 さてしかし、古米と新米が同じかと聞かれたら、これは明確に違う。実際に食べ比べてみれば、ほとんどの方が味の違いに気付かれるでしょう。古米は低温倉庫で保管されていたとしてもやはり古米の味がしますし、新米は独特のキャラクターを感じます。この違いはどちらが上か下かというものではなく、どちらが美味いかは人それぞれの好みに依存するし、業務用なら扱いやすさも考慮されると思います。

 新米は独特のさわやかな香り、透明感のある味、瑞々しさがあり、いかにも消化に良さそうでふっくらした食感は何杯でもスーッとお腹に収まっていきます。反面、この瑞々しさを水っぽい、柔らかすぎると感じ、張り、粒々感、歯ごたえを求める人には物足りなさを覚える人もいるでしょう。エグみ、イヤミがない裏返しで食べ応えに乏しく、業務用としても古米からの切り替えにおいては炊き上がりがコントロールし難い、といった短所があります。しかし、それらの短所も年が明ける前後には解消されるように感じます。
 古米は安定感や新米にはないコクがあります。ただ、このコクも程度の話で、強くなってくるとむしろエグみに感じられる。新米のような爽やかな香りや後に残る甘味に乏しく、粘りは確実に劣り、噛んだ時のそっけない食感はマイナスポイントです。また、そのシーズンに一度新米を食べてしまうと、それ以降は古米を食べるとどうしても古米臭が気になるものです。

まとめとしての私見


 用途と好みの問題。扱いやすさでは古米。新米の風味は独特で、この瑞々しさを水っぽいと感じる人もいます。
 しかし、新米特有の味わいはこの時期だけのものです。この時期に味わっておかなければ来シーズンまで出会えません。特有の瑞々しくやわらかな食感をしっかり堪能したいものです。

 ちなみに私は収穫後年明けからゴールデンウィーク明けまでが一番美味しい季節だと思ってます。コクがあるけどエグミがない。次いで収穫から正月までのいわゆる新米の期間。梅雨時期以降はどんどん味が落ちると感じます。これは低温貯蔵、籾貯蔵であっても劣化は確実にあります。新米より古米のほうが美味いとは、私には決して思えません。
 ということで、この新米時期は白飯なら古米よりも新米を食べたい派ですが、用途(焼飯、炊き込み、寿司飯など)によっては古米で良いかという感じです。

2017/11/22

中外食のコメの価格とか

低価格帯のコメが高騰していますが、中外食から消費者への影響が目に見えるようになり、テレビのニュースワイドショーなどでも取り上げられる話題となっています。

曰く、高騰の原因として、
業務用米農家減少の一つの理由としては減反政策の廃止である。国が農家を守ってくれる政策で、米を作る量を国がある程度調整し、米の価格を調整してきた。その際は使わない田んぼに対して補助金を支給する制度があったがその補助金支給をやめた。すると業務用米を作っている人は高く売れる家庭用米を作って利益を出して方が良いのではとのことで業務用米を作らなくなった。もう一つの理由は2014年に飼料用米制度が施行されたこと。飼料用米は圧倒的に安い値段ではあるが家庭用米と業務用米は今後補助金が出なくなる。しかし飼料用米は最大10万5000円も手厚い補償金があるため飼料用米を作る人が多くいるためである。( [直撃LIVE グッディ! (2017年11月21日放送回) ]の番組概要ページ - gooテレビ番組(関東版)

以下は私なりの考えです。

上記引用では生産者が業務用から家庭用に切り替えたため、という説明がありますが、業務用(中外食向け)から家庭用という動きもないわけじゃないでしょうが、どうなんでしょうか?家庭用と言ってもスーパーの特売コーナーのコメと業務用のコメの境界は曖昧です。

また、東北・北陸各県からのブランド米デビューが盛んであることから、米どころの生産者が高価格帯にシフトした結果と分析する記事も目にしまた記憶がありますが、まだ今年は各県とも試験的な作付け面積であり、それほどのインパクトがあるか疑問ですね。また食味で競う高価格クラスは業務用以上に小さなパイを取り合う難しい市場でしょうし。

上記リンク先の番組では触れられてないようですが、法人化や高齢化により安価な未検査米の庭先集荷が減ったのではないか、だとすればそれも原因の一つではないかと思っています。
余談ですが、法人化や高齢化による離農は縁古米の流通量へも影響するでしょう。その代わりがふるさと納税の返礼品でしょうか。取立て美味いわけでもないが、別にそう悪くもないというクラスのコメ。業務用の一部、スーパーのコメと同じ雰囲気のコメ。お徳に貰えるのだからそれでも文句はない、という意味では縁古米に近い。

そして、飼料米。
この数年の作付状況からして、これが一番の原因でしょう。コメから飼料への転換は、食料自給率を上げると同時に、農地を保全しながら過剰に生産されがちなコメの需給を引き締め価格を維持するのが狙いでしょう。
政府による過剰米の買い入れや隔離による価格安定よりは余程ましだと思いますが、それでも補助金の過大さや政策の継続に対する不信などの問題があります。また必ずしも飼料米専用品種でなければいけないというわけでもなく生産者が作りなれた主食用品種が飼料米としてつくられることもあり、その結果税金で家畜にコシヒカリを食わせる一方、納税者たる国民はファストフード・チェーンで輸入米やくず米ブレンドを食べるという現象も。また補助金の動向次第では主食用米への逆流入からのコメ暴落、コメ生産崩壊という心配も消えません。将来的には100万トン以上の飼料米生産がめざされているわけですが、この100万トンが価格安定のバッファとして機能するのか、はたまた不安定をもたらす存在となるのか。

まあ、生産コストからみてこれまでの価格が安すぎた。しかしそれ以上に供給が過剰だったため、需給からは決して安価ではなかった。安すぎる米価をそれが当たり前の価格と実需者が思い込んだ責任の一端は過剰作付けを続けてきた生産者たち自身にもあると思います。
従来の価格を適正と考える実需者やそれを前提としたサービスを受けていた消費者は、これ以上の米価の上昇に対しては淡々と輸入米を求めてくるでしょう。目先の価格に一喜一憂していると外国産米に業務用のシェアを奪われることになりかない。
今のところ一部の生産を飼料米へ隔離することで見かけ上は需給のバランスが取れてきました。ただ、飼料「米」である限り、潜在的にはコメ生産の過剰は解消されていないでしょう。いずれは飼料生産者とコメ生産者と、別の道に分かれる必要があるのではないかと思います。

最後にボヤキ。
現在は、中外食業者が望む価格と品質レベルのものが、求められているコメ、あるいは売れるコメとされています。まずは価格ありきで品質はそこそこ。テクスチャーはそこそこでコメの甘味や香りはない、そんなコメが「売れるコメ」とされているようです。美味いとは言えない、おにぎりの塩加減や弁当の濃い味のおかずで押し込む腹を満たすためのご飯です。
また学校の米飯給食。「地産地消」やら「和食文化」などと通りの良い言葉を使えばいいというものではないでしょう。食べ物は、口に入れるモノそれ自体が意味を持ち、雄弁に語るのです。どうも学校給食の炊飯を食べて育った子供たちはご飯の甘味や香りを知らないようなのです。とんだネガティブキャンペーンになっているのでは?
中外食、給食の不味いご飯こそが、コメの消費を下げた主犯ではないかと思うのです。


2014/08/04

やっぱり浸漬

 炊飯でなにが重要かって、やっぱり浸漬だと思います。
 研いだ後、炊飯開始までしっかりと水に漬けて吸水させる行為。「浸す」と書いて「かす」と読んだりもします。最近つくづく、この工程を軽んじている人が多いと感じてます。
 イマドキの炊飯器は炊きあがり後の蒸らし時間までプログラムに入っているのが普通ですから、浸漬させる工程が余計に面倒くささく見えるのかもしれません。無洗米なら、なおのこと、水加減してスイッチ入れるだけのお手軽さが当前だろ?と考える傾向にあるのかもしれません。
 ただ、美味しく炊飯しようと思うなら、ここは端折ってはならない部分でしょう。デンプンが糊化するには水分と熱が必要ですが、米粒の中心まで水が浸透するのに充分な浸漬時間がないと、中心部が糊化しきれない芯のあるご飯となります。
 また、このようなご飯は短時間で硬化しがちです。「冷めてもおいしいご飯」には、コメ自身の品質だけではなく、きちんとした炊飯も必要というわけです。いやむしろ、充分な浸漬が出来ているかどうかの方が影響大かな、と思ってます。

 で、どれくらいの時間、浸漬が必要なのか。

 よくいわれるのが、「冬場2時間、夏場1時間」。人によっては「冬場1時間、夏場30分」。でも、私の考えは、「夏場でも2時間浸漬したものは美味さが違う」です。
 芯まで吸水させるという観点からは、夏場でも30分では短いと思います。じゃあ、なんで夏場の浸漬は短時間でいいと言われ続けているのか?安全上、衛生上の観点からみれば、夏場にコメが漬けられた栄養たっぷりの水は簡単に腐敗してしまいます。長時間の浸漬はそういう危険があるのです。炊飯から変な臭いがしたり、黄色ないしは茶色っぽかったりするのは、何らかの菌が繁殖していると考えられます(余談ですが、炊飯器の内蓋の裏や蓋の蒸気が抜ける部分も毎回清潔にしましょう!)。
 じゃあ、夏場はきちんと浸漬した美味いご飯は諦めるしかないのか?対策としては、冷蔵庫に入れて浸漬させるということになります(冷蔵庫を使ったからといっても絶対な安全はありません、夏場は腐敗のリスクが高いので五感を活用してご注意ください。)。
 で、浸漬が完了したら、ざるで水をきって、一度かるく流水ですすいでから水加減して炊飯開始すれば理想でしょう。

 まあ、確かに面倒くさい。パンは買ってくればすぐに食べられるし、パスタなども熱湯に入れてから長くても十数分間茹でればOK。それに比べて、何時間も前から準備に取り組まないといけない。コメの消費増を願う米屋からすると、あまり口にしたくない不都合な真実ではあります。ではありますが、この手間をかけるか否かで世界が違うのは確かです。

 しかし実際、営業として飲食を提供しているところでも浸漬は軽視されているんです。
 先日、取引先でライスを食べたところなんか口当たりが悪い。調理現場のパートの方に浸漬はどれくらいしてるのか聞いてみたら、「うーん、10分くらいかな?」とのこと。「それじゃあ短すぎる、せめて1時間!」と言ったのですが、内部の事情がいろいろあるみたいで改善は難しそう・・・。ここは営業開始してから、たぶん15年近く経つと思うのですが、その間ずっとこのやり方でやってきた様子。
 いや、実にもったいないと思うんですが。

2013/08/01

研ぎ加減、浸漬の具合はコメを見て判断するのが王道かと

ときどき、業務店のお客様のところで炊飯について聞かれたり、話をしたりする機会があります。食堂のパートさんなどに炊飯の説明をしてほしいといわれることもあります。

炊飯てものは、炊飯器に入れてしまえばほとんどブラックボックス。具合を見ながら火加減を調整したり、時間を調整したりが出来ません。
とはいえ、その炊飯器に入れる前の段階をしっかりとするだけでも炊飯の出来は大きく変わります。具体的には「研ぎ」と「浸漬」です。

パートのおばさんなどに説明するとき、よく訊ねられるのが「何回研げばいいのか?」、「何回すすげばいいのか?」、「何分浸漬すればいいのか?」など。何回とか何分とか具体的で分かりやすい答えを要求されるのです。
とはいえ、コメの状態、気温、水温など一定であるわけがなく、質問者が求めるような分かりやすく都合のいい答えは出来ません。「あくまでもコメ自体を見て判断してください。充分なだけ研いで、充分なだけ浸漬してください」と答えるしかありません。

実際、ネットでも書籍でも何回研いだらいいとか、浸漬も夏場は何分、冬場は何分などと簡単な言い方がされている場合が多いようですが、それではちょっと乱暴な感じがしていました。コメを見て判断できるようなアドバイスが必要です。

例えば、研ぎ加減なら、研いでるコメを握ってみて、そのばらけ具合が目安になります。浸漬の具合なら、浸漬米をつぶしてみてその砕け方が目安になるでしょう。その上で、「何分浸漬すれば大概は充分でしょう」など付けくわえることはありますが。
浸漬にかかる時間はコメの状態や水温に大きく影響されますので、季節の変わり目にどれくらいの時間をみておく必要があるか再度確認するとよいでしょう。

しかし、パートのおばさんらは「何回」とか「何分」といった数字を求めたがるのです。
どうも、失敗したときに「私は決められた通りにやりましたよ!」と言えるからのようです。自分で判断するという負担を嫌っているな、というのは見ていてわかります。言われた通りのことだけやっていたい、自分で考えたり判断したりするのはゴメンだ、という雰囲気です。


でも、それでは美味いご飯は炊けないのです。


2012/03/15

お米の表示について思うこと

ほかの食品同様、お米もJAS法に基づいた品質表示を義務付けられています。

この内容やルールはときどき改正が行われるのですが、それが必要で適切な改正なのか、そもそもこの表示自体が消費者のために十分なものなのか、果たして意味のある必要なものなのか疑問も感じております。
しかし、モノを知らないが声ばかり大きい人の意見が通ってしまい、それに振り回されるのだけは勘弁してほしいと思っています。


「玄米及び精米品質表示基準」

小売されている玄米・精米には一括表示欄がつけられ、原料玄米の産地・品種・産年、精米年月日、内容量、販売者が記載されます。
このうち特に、原料玄米の産地・品種・産年は3点セットと呼ばれ、農産物検査法による検査が表示の根拠になります。
一方、この農産物検査の受検は任意でして、受けない玄米は未検査米として流通することになりますが、玄米・精米の小売段階で上記3点セットの一括表示欄への記載が出来ないほか、パッケージのその他の部分への記載も禁止されています。
しかし、未検査であろうと、どこかの土地で、特定の時期に生産されたものには違いありません。
昨年から米トレサ法との整合性のため、「産地未検査」の文言を併記という条件付で、産地の記載が認められました。


3年前の改正

ところでこの「玄米及び精米品質表示基準」は、3年前の平成21年に改正されました。詳しくはリンクをご覧いただきたいのですが、何が変わったかと言えば、
  • 単一原料の場合(ブレンド米じゃない場合)は「単一原料米」の文言を記載する。また従来は使用割合欄に「100%」と表示していたが、使用割合欄をなくす。
  • ブレンド米の場合、従来は「%」で表わしていた原料の割合を「割」で表示する。
まあ、この意図も理解できんこともないのですが・・・。これ、わざわざ変える必要があったのでしょうか?お客様が受け取る情報に、なんの違いがあるのでしょうか?
前回の改正が平成14年、それから何年も協議をした結果、これですか?
あちらこちらの事情や都合をまとめると、こういう結果にならざるを得なかったのでしょうが・・・。

この効果の分からん改正のために、これまでの一括表示欄が印刷された米袋はそのままでは使えなくなりました。また、単品とブレンドの場合では一括表示欄が異なり、袋の使い回しが出来ず、別々に用意しなければなりません。
米袋ってのはまとめて発注すると単価が安くなるので、5年分とかストックを持ってた同業者もいて、当時ショックを受けていました。


「未検査米の3点セット」および「くず米使用」の表示義務化?

ところで、こんな記事がありました。引用します。
くず米:消費者団体、含有率表示を 格安米1割、業界基準上回る - 毎日jp(毎日新聞) 
毎日新聞 2012年2月29日 東京朝刊
ディスカウントストアなどで売られる格安米に含まれる、砕けた米粒(くず米)の割合を消費者庁が調べたところ、約1割が業界の定める品質の基準値を上回っていたことが分かった。同じ値段なのに含有率が高いコメも低いコメもあり、消費者団体はくず米の含有率の表示の義務化を求めている。
調査の対象は11年11月~12年1月、関東と関西の小売店やネット上で売られていた200点の格安米(主に1キロ300~400円の品)。米穀公正取引推進協議会は精米のガイドラインで、くず米の含有率を8%以下としているが、17点が8・5%以上だった。最も高いものは25%だった。
この商品は1キロ250円だったが、ほぼ同じ値段で含有率が3%の商品もあった。価格と含有率に相関関係がなく、価格が品質を見極める材料にならないことが分かった。
くず米は精米工場で通常の大きさの米とふるい分けられ、みそ用や米菓用などで出荷される。その後の運搬や劣化などによって米が欠け、通常の食用米にくず米が混じることもある。くず米の含有率の表示は法律で義務づけられておらず、多くは「国産100%」や「(銘柄名)100%」などと表示されている。
くず米の問題に詳しい秋田県大潟村農業委員の今野茂樹さんは「故意にくず米を混入させ、米の量を増やしている業者もいる」と指摘する。11年7月にくず米を混ぜた米を新潟産コシヒカリ100%と偽装して販売したとして東京都の男が不正競争防止法違反容疑で逮捕される事件もあった。
主婦連合会の山根香織会長は「食味を損なうくず米の含有率が区別できない状態で売られていることは問題だ」と指摘。NPO法人・日本消費者連盟の山浦康明事務局長は「識別できるような表示を検討すべきだ」と話している。【水戸健一】
また、内閣府消費者委員会は2月20日の食品表示部会で「未検査米の産地・産年・品種表示」と「低品質米(くず米)使用の表示」義務付けに向けて推進していく方針を出したとのことです。



まあ、くず米を意図的に混入したり、あるいは価格や商品の謳い文句に比して砕米の含有率が高かったりするのは問題だと思います。また、JAS表示と矛盾する内容なら、それは論外でしょう。
 しかし、米自体が柔らかく砕米が発生しやすいけど食味は優れた米もあるし、産地の出荷前のふるいによっては1等ついてても粒が揃ってるとは言い難いものもある・・・というのが現場の感想です。また、砕米が多くてもいいから安いのが必要だという人もいます。

できるだけ、相談したり信用できる店で買ったり、量販店で買うなら中身の見える袋を選んで自分の目で確かめ、舌で確認して知識、智恵を付けていくというのが本筋じゃないのかなと思います。
本来、「食育」(僕はこの言葉あんまり好きじゃないんですが)ってこういうセンスを養うことなんじゃないでしょうかね、印刷された表示の読み取り方に長けるのじゃなくて。

また、未検査米の表示の方については、販売者が責任を取れる範囲で、任意で(メリット表示として)記載することを認めてもいいとは思うのですが、これの義務化を主張するのはあまりにも非現実的、想像力に欠けた妄言だと思うのです。
もし、産地を気にするのなら、内容の不明な複数原料米を避け、都道府県名が表示がされた品を選択すれば済むことではないのでしょうか。
義務化のデメリットについては、上記「週刊ライスビジネス」から引用します。
未検査米の中身を表示せよ、と言っても、非常に困難。嘘をつけ、と言っているに等しく、これが実行されれば却って消費者被害が増えるのではないか、と心配される。 
まだ現時点では内閣府のサイトに議事録がアップされてませんので、具体的な議論はわからないのですが、このような誰のためか分からない主張で存在をアピールしなければならない方たちの集まりなのでしょうか。(※その後アップされました。

農産物検査についてや、自分の感覚よりもブランドにたよる消費者の姿勢など、まだ書きたいこともありますが、ちょっと長くなってしまったので、それはまたの機会にします。

2012/03/04

お米を使った海外サイトのレシピを見て・・・

下記リンクは米国のコカ・コーラ社のレシピですが、ちょっとショックを受けました。

リゾット風の料理なのですが、お米を炒めたあとコーラをドボドボと入れて煮込んじゃいます。肉料理にコーラを使うというのは時々聞きますが、お米にコーラっていうのはなんかタブーめいた感じがします。
まだ私は試していないので味は知りませんが、この発想の自由さには心地よさすら感じました。私にはとても思いつかないし、たとえ思いついたとしても即座に却下したことでしょう。
私たちは日本が瑞穂の国であると自認し、多くの人がお米に関して一家言持っています。しかし反面、その食べ方においてだいぶ保守的なのかもしれません。


例えば、Rice Recipesにはチャーハン、ピラフ、リゾット、メキシカン、スパニッシュ、ライスプディングなどの料理やデザートが紹介され、使用するお米も料理に合わせて長粒種のバスマティやイタリアのアルボリオ、日本風の短粒種など。近頃よく名前を目にするSNSのPinterestでも多くの米料理の写真が公開されていますが、私のイメージしてた米料理の枠を超えるバラエティに富んだもので、目を楽しませてくれます。


ところで、お米についてはうるさいとされる私たち日本人ですが、ご家庭では上記したような料理をそれに適したお米を使って調理されているでしょうか?家庭でもパスタは本場の食材にこだわり、茹で加減もアルデンテが云々と言っている割には、リゾットはスープを吸わないコシヒカリだったりするのではないでしょうか。
さすがに三十年前みたいに、洋風の味付けをした焼き飯を「ピラフ」と呼ぶことは、今はないでしょうが。


しかしまあ、私自身も一番好きなのは日本のお米で、それを白飯として食べるのが落ち着くクチです。
それでも、世界各国の”本格的”な料理が食べられる日本において、お米に関わる料理だけは無理して日本のお米を使っているのは画竜点睛を欠く様で残念に思えます(ただ、こうなっているのも他の食材に比べコメ輸出入のハードルが高いことに大きく起因するのだとは思いますが。)。
また、上記したような海外のサイトを見て、もっと自由な発想でお米と向き合う余地がまだまだあることを感じています。

2012/02/27

松屋、豪州産米使用宣言のインパクト 後編

続きです。前編では米トレサ法、22年産米暴落、原発事故、23年度の高騰、SBS枠米の人気復活、というこの2,3年の流れを振り返ってみました。


過半数は否定的?

まず、2月14日から24日にかけてYahoo! Japanで行われたアンケートでは、豪州産米の牛丼を食べたい人39%、食べたくない52%、わからない11%とのことです(合計が合わないのは、小数点以下は切り上げているようです)。
もちろんこのようなアンケートで実際がわかるわけじゃないのですが、食べたくないという人が半数もいたのは案外驚きでした。


否定的な理由を考えると・・・

まず、外国産米に対する誤解もあると思います。
もう少なくはなりましたが、外国産米といえば93年のコメ不足の時に緊急輸入されたタイ米のイメージで捉えている人がいまだにいます。当時輸入されたタイ米インディカ種は、日本での「ご飯」とは別物です。
最近は現地でも日本の炊飯器で炊いたりするみたいですが、本来は「湯取法」でパラッとさせるのが美味しく、日本のご飯と比較してフワッと軽いのが持ち味です。これを「タイ米は不味い」だの「食べたくない」だのいう人を見ると、うどんを食べようと思ったたけど、うどん玉がなかったから代わりにスパゲッティをつゆにつけて食べ、「こんなのうどんじゃない、食えたもんじゃない」と言っているのと同じように感じるのですが・・・。
ですが、今回使用されるのは短粒種で玄米の状態で輸入されたものです。

つぎに、自国のコメに対する過度の自信です。
なんかアメリカ人がアメ車に対して過剰な自信を持っているのと同じ感じでしょうか?
確かにある程度のレベル以上のモノならば、日本のお米はすごく美味いです。でも、日本でつくられたお米がどれもがスゴイわけじゃない。なかには惰性でつくられているようなモノも・・・。
昔からよく言われてる話ですが、業者に売り込みに来る農家は大抵、「自分のところの米は相当に美味い、そこらの米とは全然違う。」という。だが試食しても、そうとも思えないので、「ところで、貴方は他所の米を食べたことがあるのか?」と尋ねれば、「他所の米みたいな不味いもん、食うわけがない!」と返ってくる・・・。
もちろん、現時点での日本の米のクオリティは決して低くない。しかしコストパフォーマンスや安定供給への信頼性など、評価の対象になるポイントは色々ありますし、決してオーストラリアやアメリカの生産者が日本人農家にくらべて資質で劣るなんてこともないでしょう。
根拠のない自信、慢心によって方向を誤らないことを願います。


今回のニュースのインパクトとは

今回のニュースのインパクトは、米トレサ法により飲食店にコメの産地表示が義務付けられているなか、大手の松屋が外国産米の使用を決めたことにあります。

まず、あの大手が使ってるんだから、と他の飲食店においても外国産米使用の抵抗感が少なくなるでしょう。

そして、消費者の抵抗感もどんどん薄くなっていくと思われます。米トレサ法施行前は外食・中食においては、米の産地の表示義務はありませんでした。これまでも、国内消費量の1%にも満たない数字ですが、SBS枠内で主食用に使える一般米は年間数万トン輸入されてきました。一昨年までは、それとは知らずに外国産米が口にされていたことでしょう。おそらく同じくらいのコストの国内産の超低価格米よりは、クオリティが高かったのじゃないでしょうか。松屋で豪州産米を口にされる方の多くは、肩透かしを食らうかもしれません。「なんだ、案外に普通じゃないか。」と。

TPP参加の議論が始まる以前の段階で、コメの関税引き下げは避けられない問題として存在していました。また、都市住民と比較して、バランスを欠いて過剰な農村の保護を指摘する声もあがっていました(例えば、<偽装農家>という語を生み出した神門善久氏の「日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉) 」など)。
米トレサ法には、関税が引下げられた後に外食・中食のコメ需要家を牽制する意味も多分に含まれていたはずだ、私はと邪推しています。しかし、現在程度の需給逼迫と高騰であっさりと外国産米を選択するところが現れた、しかも大手チェーン店が。そして、食べてみたら普通じゃないか、と。そうなる気がしています。


それでも、やはり日本のコメへ期待する

もちろん日本のお米は美味いし、茶碗によそった白い「ご飯」として食べる場合、私は国内産米の一択です。でも、もっと言えば国内産なら何でもいいわけじゃない。国内産でもこれじゃあねえ、ってこともあるんです・・・。
これまで日本のコメ、稲作、コメ農家は関税で守られてきました。私は、それだけじゃないと思ってます。日本の消費者の心に共有されている、農村風景へのノスタルジー、外国産米への偏見といった感情によっても守られてきたのではないでしょうか。しかし、消費者がその錯覚から覚めた時、正々堂々と勝負できるコメだけが生き残るだろうと考えています。

松屋、豪州産米使用宣言のインパクト 前編

2月13日のニュースで牛丼の松屋が、オーストラリア産米を導入することが報じられました。
また、21日の記事では一部店舗で使用を開始したとのこと。国産とのブレンドだそうですが、7割の店舗で使用するそうで、おそらくうちの近くの店でも食べることができると想像します。

このニュースがインパクトを持っているのは、メジャーなチェーン店である松屋が、外国産米を使用することを正面から宣言したことにあります。なかには「大手外食チェーンなんてもとから外国産米を使ってたんじゃないのか?」なんて感じている人もいれば、「外国産米=インディカ米」と思いこんで強烈な拒否反応を示す人や、TPPの件と混同している人もいるようです。誤解も多いような部分なのでちょっとまとめてみます。


米トレサ法と22年産米の暴落

まず、ここ数年のコメ流通の状況を記してみます。
平成22年10月、23年7月の2段階にわけて米トレーサビリティ法が施行されました。これにより、飲食店などで米飯類を提供する場合も、お客様に産地を明示する義務が課せられました。
従来、外国産米を使用していた業者も使用を避け、国産米へと切り替えがすすみました。

一方、平成22年は史上最悪の米価水準を記録した年でした(田植前にすでに予想されていたことでしたが)。そのためコスト重視の大手チェーン店などでも、安くなった国産の銘柄米が使えるようになりました。
例えば、この年の秋以降、某大手牛丼チェーンは「国産コシヒカリ使用」を積極的にアピールし、いかにも日本の農業を考え貢献しているかのようなイメージの広告を頻繁に出していました。よくウェブサイトの端っこに出ていた広告をご覧になった方も多いと思います。で、確かに、明らかに、このチェーン店のご飯の味は変わりました。かつては「よくこんな、ひねた米をを使うなあ。」とあきれるほどに胸焼けのするクオリティだったのですが、ホントだいぶ良くなりました。


22年度のSBS米

ところで、日本へ輸入するコメには関税がかからないMA枠があります。これが年間77万トンほどですが、大部分は農林水産省が砕米などを輸入し加工用や援助用にまわしています。なんで農水省がそんなことをするのかというと、もし民間業者が主食用に使える米を77万トンのMA枠いっぱいに輸入すると生産農家へのダメージが大きすぎる、そのため国がその枠を使ってしまっているという感じです。
ただし、民間が好きな米を関税なしで輸入できるSBS枠が、77万トンのうちの10万トンだけ用意されています。この10万トン枠の権利はマークアップという関税代わりの手数料みたいなものをいくら払うかの入札で決まるのですが、今年だと1kgあたり60~80円くらいで落札しているようです。
そのSBS米なのですが、米トレサ法と米価暴落の影響で22年度入札は超不人気に。通常は4回くらいで終了する入札も9回まで実施され、しかも最終的に成立したのは10万トンのうち3万7千トンほど。6割以上の枠を残しての終了です。うち主食用になる一般米はわずか1万0,606トン。マークアップも40円台が中心でした。

農林水産省/輸入米に係るSBSの結果概要  http://www.maff.go.jp/j/seisan/boueki/nyusatu/n_sbsrice/


タイトになった需給

22年の秋には過剰に思われたコメの供給でしたが、大手チェーンの大量の契約が原因で、年が明けてすこし経った頃には、特にコシヒカリの需給がタイトになり始めていました。巷では5月あたりには未契約のコメは無くなるのではないかという噂も流れていました。

そんな状況で起こったのが大震災と福島第一原発事件です。当初は福島第一原発による放射能汚染よりも、浸水や倒壊でダメになったコメがどれくらいあるのか、作付け不可能な田んぼがどれだけあるのか、が心配されていました。
また東北からのコメがストップしたため先ずは当座の手当として、後には関東で発生したコメ不足を補うために西日本のコメが流れて行きました。
その後、放射性物質による汚染が深刻だという状況が明らかになると、その年に収穫予定のコメが嫌われて22年産の買い溜めが発生、8月には本当にモノがなくなりました。通常年なら10月から11月に開始される業務用米の新米への切り替えも、9月の刈り取りが始まるとさっそく行われた状態です。
予想されたように米価は20%くらい上げてスタートしました。東日本のコメは忌避され、ただでさえ数量の多くない西日本のコメに人気が集まりました。
ただ、23年出来秋には「需給バランスはむしろ緩いくらいだ、年明けか春頃にはモノも出てきて価格も落ち着くだろう」と見られていました。しかし年が明けても「どうも何時まで経っても高値のままだし、もしかしたらもうモノは市場に出てこないかも」という雰囲気がでてきました。


人気復活のSBS枠

高いだけじゃなく、モノもない。さらに国内、特に東日本のコメは放射能汚染の可能性があること、原発事故以降の諸々の騒動から国内産農産物への信用が崩れてきていることから、海外のコメへの抵抗感も薄らいだと思います。
SBS米は2月10日に行われた第4回までで10万トンの枠すべてが成立しました。豪州玄米短粒種は12月に5,000トン、2月には9,780トンが落札されています。松屋はそのうち4,000トンを使用するとのことです。

後編へ続く・・・

2012/02/19

お米の研ぎ方が悩ましい件について

「お米の正しい研ぎ方」ってお客様からときどき尋ねられます。皆さん結構関心があるというか、なんか解りにくい部分なのでしょうね。他所の家がどんな研ぎ方してるか見る機会も滅多にないでしょうし。
私の意見としては、結局は炊きあがりが美味しく感じられれば、それで正解ではと。業務用でなく家庭でなら、神経質にならずに大らかにやっていいのじゃないかな、と思ってます。

でも、それじゃあ不安というかスッキリしないのでしょうね。
また、なんでこんな質問がでるのかも、なんとなく解ります。
料理本、雑誌、テレビ、ネットなどいろんな所でお米の研ぎ方が説明されていますが、けっこうバラバラ。真逆の意見が併存してたりします。

その理由を考えてみました。

強くしっかり研ぐのか、優しく洗う程度がいいのか

昔の料理本などでは、手のひらの付け根の部分を使ってゴシゴシ、ギシギシと強くしっかり研ぐよう指導されていたようです。今でも体重をかけるようにして強く、時間をかけて研いでいる年配の方もいます。
しかし近年、やさしく手早く、という研ぎ方が良いとされるようになりました。理由としては「精米技術が進歩したため強く研ぐ必要はなくなった」がよく挙げられていますが、加えて品種の遷移、栽培方法の変化もあるでしょう。現在作付面積1位で4割ほどのシェアをもつコシヒカリも戦後の品種です。続くひとめぼれヒノヒカリもコシヒカリの系統。数十年前にメジャーだった品種と今とでは状況がまるで違います。また栽培時の肥料や収穫後の乾燥の方法も変わってきています。
そのため、昔のような研ぎ方では米が割れて花が咲いたりベチャになってしまう場合がある。で、過剰な米研ぎによる炊飯失敗のクレームを受ける立場の米穀店が、特に積極的に手早く軽い米研ぎをすすめるようになったのではないでしょうか。また、何時まで経っても水が透明にならないと言って、しつこく時間をかけてやっていると胚乳部分のデンプンまで溶け出してしまいます。
ただ、これを極端に解釈してしまう方もいらっしゃるんですよね。水につけてジャバジャバっと、それこそ「すすぐ」っていう程度で終わらせてしまう。これじゃあぼそぼそして艶のないご飯になる可能性があります。ある程度は研いでいただきたいです。
精米は糊化層という膜でコーティングされたような状態といわれています。その膜を研いで剥がすのが米研ぎの目的。刃物を研ぐように、適度な水で、あまり力をかけず、米粒同士が摩擦しあって磨かれるイメージが必要だと思います。

ザルにあげるべきか、あげてはいけないのか

まず、「ザルあげ」といった場合、「ザルにあげた状態で吸水させる」ことと、「ザルにあげて水を切る」の二種類の意味があります。「ザルあげ」について話されるとき、この二つが混同されがちな様です。

まず「ザルあげ吸水」について。
これは、米を研いだあとザルにあげて、その状態でしばらく放置して吸水させる方法です。
今も料理店では「ザルあげ吸水」は普通ですね。ただこれ、家庭で5合くらいを炊飯するのと、お店で3升ぐらい炊飯する場合とでは状況も違ってくると思います。
だいたい、米穀店や米穀店組合が消費者向けに出すメッセージとしては「ザル上げは不要」というものが多いです。それは、おそらくこういう経緯からじゃないかと推測します。

  • 家庭の炊飯で米が乾燥してボロボロになるほどザル上げしたために、ベチャや団子になったりして、それが米穀店へクレームとして入ることが多かった。
  • また夏場などは雑菌が繁殖し腐敗しないように衛生管理が不可欠。
  • 要は炊く人が加減を見極められ、管理が出来れば問題ないが、米穀店としては不特定多数へ向けたメッセージでは安全をとった。

プロが炊飯する場合は、そこらへんの見極めや管理も問題ないでしょうし、3升とかの量になれば、すぐに乾燥することもありません。米粒の外側をベタつかせずに芯まで吸水させるには、この方法が適しているともいわれています。
家庭の少量炊飯でザル上げしながら吸水させる場合はザルをボールの中に入れラップをかけるなど乾燥を防いだり、夏場ならそれを冷蔵庫に入れたりの注意が必要だと思います。

「ザルにあげて水をきる」
米を研いだあとザルでしっかりと水切りするのとしないのとでは、炊きあがりに差がありますね。気のせいかもしれませんが、ザルで水切りしたほうが、さっぱりとして美味しいと感じます。
それと、昔は今の炊飯器の内釜みたいに丁寧な目盛なんてついてませんでした。吸水させたあとの米の容量を基準に加水量を決めたりしてた。その意味でも年配の方にとってはザルあげは当然なんだと思います。
私は家庭では「ザルあげ吸水」は不要だと思いますが、「ザルにあげて水をきる」ことはお勧めします。

結局

米を研ぐってことは、
  1. ホコリや異物などを洗い流す。
  2. 米粒表面の糊化層を研いで落とす。
の2つが目的だと思います。
具体的には、
  1. の洗い流しは、たっぷりの水を使ってさっさと終わらせます。米は最初の水を激しく吸います。この時、糠臭さまで一緒に吸い付かせないように、水は一瞬で捨てます。無洗米でも、この作業はやったほうがいいと言われています。
  2. これが所謂、米研ぎ。米が泳がない程度の水量で、軽く磨いていきます。刃物を研いだり、サンドペーパーをかけるときに水を使いながらやりますが、ここでの水も同じ意味。力を余り加えずに、米粒同士の摩擦で磨くようにします。
まあ、あまり細かいことにとらわれず、上記の2つの目的を果たせて、かつ米を割ったりしない程度なら、それでいいというのが私の考えです。