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2017/11/22

中外食のコメの価格とか

低価格帯のコメが高騰していますが、中外食から消費者への影響が目に見えるようになり、テレビのニュースワイドショーなどでも取り上げられる話題となっています。

曰く、高騰の原因として、
業務用米農家減少の一つの理由としては減反政策の廃止である。国が農家を守ってくれる政策で、米を作る量を国がある程度調整し、米の価格を調整してきた。その際は使わない田んぼに対して補助金を支給する制度があったがその補助金支給をやめた。すると業務用米を作っている人は高く売れる家庭用米を作って利益を出して方が良いのではとのことで業務用米を作らなくなった。もう一つの理由は2014年に飼料用米制度が施行されたこと。飼料用米は圧倒的に安い値段ではあるが家庭用米と業務用米は今後補助金が出なくなる。しかし飼料用米は最大10万5000円も手厚い補償金があるため飼料用米を作る人が多くいるためである。( [直撃LIVE グッディ! (2017年11月21日放送回) ]の番組概要ページ - gooテレビ番組(関東版)

以下は私なりの考えです。

上記引用では生産者が業務用から家庭用に切り替えたため、という説明がありますが、業務用(中外食向け)から家庭用という動きもないわけじゃないでしょうが、どうなんでしょうか?家庭用と言ってもスーパーの特売コーナーのコメと業務用のコメの境界は曖昧です。

また、東北・北陸各県からのブランド米デビューが盛んであることから、米どころの生産者が高価格帯にシフトした結果と分析する記事も目にしまた記憶がありますが、まだ今年は各県とも試験的な作付け面積であり、それほどのインパクトがあるか疑問ですね。また食味で競う高価格クラスは業務用以上に小さなパイを取り合う難しい市場でしょうし。

上記リンク先の番組では触れられてないようですが、法人化や高齢化により安価な未検査米の庭先集荷が減ったのではないか、だとすればそれも原因の一つではないかと思っています。
余談ですが、法人化や高齢化による離農は縁古米の流通量へも影響するでしょう。その代わりがふるさと納税の返礼品でしょうか。取立て美味いわけでもないが、別にそう悪くもないというクラスのコメ。業務用の一部、スーパーのコメと同じ雰囲気のコメ。お徳に貰えるのだからそれでも文句はない、という意味では縁古米に近い。

そして、飼料米。
この数年の作付状況からして、これが一番の原因でしょう。コメから飼料への転換は、食料自給率を上げると同時に、農地を保全しながら過剰に生産されがちなコメの需給を引き締め価格を維持するのが狙いでしょう。
政府による過剰米の買い入れや隔離による価格安定よりは余程ましだと思いますが、それでも補助金の過大さや政策の継続に対する不信などの問題があります。また必ずしも飼料米専用品種でなければいけないというわけでもなく生産者が作りなれた主食用品種が飼料米としてつくられることもあり、その結果税金で家畜にコシヒカリを食わせる一方、納税者たる国民はファストフード・チェーンで輸入米やくず米ブレンドを食べるという現象も。また補助金の動向次第では主食用米への逆流入からのコメ暴落、コメ生産崩壊という心配も消えません。将来的には100万トン以上の飼料米生産がめざされているわけですが、この100万トンが価格安定のバッファとして機能するのか、はたまた不安定をもたらす存在となるのか。

まあ、生産コストからみてこれまでの価格が安すぎた。しかしそれ以上に供給が過剰だったため、需給からは決して安価ではなかった。安すぎる米価をそれが当たり前の価格と実需者が思い込んだ責任の一端は過剰作付けを続けてきた生産者たち自身にもあると思います。
従来の価格を適正と考える実需者やそれを前提としたサービスを受けていた消費者は、これ以上の米価の上昇に対しては淡々と輸入米を求めてくるでしょう。目先の価格に一喜一憂していると外国産米に業務用のシェアを奪われることになりかない。
今のところ一部の生産を飼料米へ隔離することで見かけ上は需給のバランスが取れてきました。ただ、飼料「米」である限り、潜在的にはコメ生産の過剰は解消されていないでしょう。いずれは飼料生産者とコメ生産者と、別の道に分かれる必要があるのではないかと思います。

最後にボヤキ。
現在は、中外食業者が望む価格と品質レベルのものが、求められているコメ、あるいは売れるコメとされています。まずは価格ありきで品質はそこそこ。テクスチャーはそこそこでコメの甘味や香りはない、そんなコメが「売れるコメ」とされているようです。美味いとは言えない、おにぎりの塩加減や弁当の濃い味のおかずで押し込む腹を満たすためのご飯です。
また学校の米飯給食。「地産地消」やら「和食文化」などと通りの良い言葉を使えばいいというものではないでしょう。食べ物は、口に入れるモノそれ自体が意味を持ち、雄弁に語るのです。どうも学校給食の炊飯を食べて育った子供たちはご飯の甘味や香りを知らないようなのです。とんだネガティブキャンペーンになっているのでは?
中外食、給食の不味いご飯こそが、コメの消費を下げた主犯ではないかと思うのです。


2017/11/18

農産物検査と未検査米

どうも世間的に、未検査米というものはなにか劣悪なコメとか、違法なコメだとか不当に認識されているのではないでしょうか。

そもそも未検査米とは農産物検査法の品位等検査を受けてないコメという意味です。これを受検して検査証明書ももらったコメが検査米。そして、この農産物検査法の検査証明書(例えば30㎏/袋の荷姿なら袋に印刷されたテンプレに内容が記入され印鑑が押してある)が、精米・玄米の一般小売での食品表示法食品表示基準で規定されている原料玄米の「産地」、「品種」、「産年」の表示根拠として流用されています。
ちなみに農産物検査法には「成分検査」の規定もあり、コメの場合はアミロース、たん白質の割合が検査項目となっていますが、これを受けなくても未検査米というわけではありません。品質チェックのために産地や精米業者が自身が持つ分析計を用いての非公式な分析は日常的にいたるところで行われてますが、農産物検査法の登録検査機関による成分検査を受けてるコメはあまりないでしょう。

もちろんこの検査を受けていないコメを販売することは違法でもなんでもありません。上記のような誤解が生じたのは、平成7年に廃止された食糧管理法時代に違法だった「ヤミ米」の概念がいまだに引きずられているためでしょう。国が主要食糧として位置づけるコメの法律上の扱いが大きく変わったわけですが、国民一般への周知はあまりなされてないようで二十数年たった今でも勘違いが横行しています。せいぜい農家や米穀店による地道な説明くらいしかない。むしろ国というか農水省は未検査米=違法という誤解が解けないほうがいいと思ってるんじゃないか?と下衆な勘繰りも。

ただし未検査米自体は違法でも何でもないのですが、これに「品種」「産年」を表示して販売することは食品表示法違反(産地は米トレサ法でむしろ表示が必要)。よく農家が未検査米を品種や新米をアピールしながら販売していますが、あれはアウト。産地品種銘柄に入ってない銘柄をうたっている場合なんてあきらかにアウト。

農水省は農家は野放し状態にしてますが、米穀店が同じことをすれば大きく報道されるというダブルスタンダードが存在します。よって米穀店が潰れるリスクを冒してまでこれに違反する行為はまずしない。しかし、そのために面白いんだけど売りにくくて手を出せないというコメがでてくる。珍しい品種だったり、変わった取り組みをしてる生産者だったりのコメでも、未検査であれば「未検査」とか「複数原料米」などのネガティブなイメージの文言を一括表示欄に記載する必要がありますし、米袋に品種名を表示することも許されません。

もちろん消費者を騙すような虚偽の表示は許されるものではないし、それがまかり通るような法律であって良いわけじゃありません。取引価格の高い確立されたブランド名を騙るような悪質なケースは取り締まるべきでしょう。しかし、そんな詐欺とか不正競争防止法違反といえるようなケースと、品種の検査を受けられないマイナー品種の品種名の表示とを同じように扱っていいものか。この制度が明るく活発なコメ消費の足を引っ張っていないか。と、そんな風に感じるわけです。

2014/12/09

鼻白むニュース

 半月くらい前にみた、テレビのローカルニュース。
 要約すると、

  • 今年のコメ価格は全国的に大幅に下がったが、農水省の統計によれば、当県内の下落幅は近隣地方内で最も少なく、結果として地方内では最高値となった。
  • その理由について、農水省は「品質の高いコメ作りによる販売先の確保に加え、地域の需要に見合った生産量の作付けが、価格低下を回避」と分析している。
 という内容。

 ここの発表を基に、農水省からもらったコメントを付けてつくったニュースですね。前半まではなんてことなく聞き流してました。「やはり、当県内産のコスパは悪いよなあ。」なんて思いながら。 
 しかし、後半の説明がなんとも鼻白む。だいたい、いくら農水省が発表した統計についてであっても、価格の理由について農水省なんかに聞いてもわからんでしょう。聞かれた方も、仕方なしに、なんとなく恰好がついて当たり障りのない回答をするしかない。

 何が鼻白むかといえば、このニュースをみたちょうど前日、取引のある業者から電話があり、県内産精米についてスポットでどこか使ってくれるところはないかと、かなりのダンピング価格を提示しながらの問い合わせがあったばかりだったからです。
 縁故米シーズンということもありますが、特に今年はスーパーが安売りしてもコメが動かない、裏にはコメがあふれてるとも聞きます。けどスーパーも特売しなきゃならないし、精米年月日は新しくなければいけない。店頭に出せない売れ残りはさらに膨れる。そんなコメが業務用にダンピングされていくわけです。


 また、いまだに24年産の県産米もけっこう残っているとも聞きます。

 確かに、「販売先の確保」という部分は、まるっきりハズレとは言えないでしょう。ただし、学校給食や病院、施設に対する市町村会議員等有力者による強い営業力に頼ったものであったり、卸売業者への押しつけであったり。消費地での売れ行きを無視すれば、確かにJAグループから民間業者への販売は出来ているといえるでしょう。しかしそれは、実際にコメを食べる人に支持されての結果とは思えません。
 品質や味は二の次、三の次で、とにかく地産地消のスローガン、政治力で売るという姿勢がいまだ根強く残っているのです。これには権威に弱い県民体質というのもあるのでしょう。地産地消というより地縁血縁といった方がいいかも。
 これでは、正しい意味での「需要に見合った生産量」とはいえないと思えます。

 そして、「品質の高いコメづくりによる販売先の確保」という部分。
 これこそ、当たり障りのない意味のない言葉でしかないのですが、しかしこれを聞いた県内生産者が勘違いするならば、むしろ有害ですらあります。
 生産者間の本当の競争、淘汰が始まろうかというこれから、品質の向上あるいはコストの削減へと、それぞれの方向へますますレベルアップしていくだろう有力生産地との力の差が、さらに広がっていくのではないかとの危惧を感じます。
 一体、このニュースは、なにが言いたかったのか、誰に向けたものだったのか。テレビのニュース番組のお得意様である、農村の老人生産者の自尊心をくすぐるためだったとしたら悲しい話です。

2014/12/01

平成26年産米の価格について雑感

 記録的ともいわれる今年のコメの価格について、今更でもありますが、感想などを徒然に。

 26年夏の過剰な古米在庫と26年産価格の下落は、昨年来巷間で予想(懸念)されていたままの展開でした。生産者にとっては新米出荷時に初めて下落のショックを受けたのかもしれませんが、流通では既に今春から大量出血しながらの在庫処分が始まっていました。
 情けない話に、一部ワイドショーではコメ価格下落を"明るいニュース"として報じてたものもあったそうで・・・。どうも人は、モノの価格が下がる理由として、何かイノベーションが起こったり、どこかで効率が改善されたり、なんかの影響で資材購入コストが下がった、などを想起しがちなのかもしれません。あるいは、テレビのドキュメンタリー風番組で、大規模で粗放なやり方により1俵数千円でもペイできる稲作なんてのを見て印象に残っている人もいるでしょう。しかし、現実に流通するコメのほとんどは、イノベーションとは縁がないし、急に今年になって効率化が進んだわけじゃない、ご覧の円安のため原油安でも燃料、資材は高止まり。つまり、この度の価格下落は単なる叩き売り、ダンピングでしかありません。
 生産者も流通業者も苦しむばかりの相場崩壊。その原因についてはJA概算金の設定や、農政に求める向きもあるようですが、根本は過剰な生産、過剰な供給だと思います。


概算金


まず、よく聞くのが、JAが概算金を下げたのが悪いという声。
 しかし率直な感想として、需給からは(あくまでも需給からです)今の価格、これこそが現実ではないでしょうか。
 一昨年、昨年とJAはかなり強気な、割高感の強い価格を設定しました。一昨年の独りよがりともいえる価格は消費者離れや業務筋での使用量減を加速させ、昨年の価格はそれよりは下がったものの需給バランスをとるにはまだまだ不足でした。それが販売不振の一因となり今夏の大量在庫を招き、溜まっていた価格下落への力が噴き出したという流れでしょう。
 もしJAが悪いとすれば、一昨年、昨年の強気な価格設定でしょう。
 しかし、そもそもの長期的な米価の下落傾向をJAの責めにする農家もよくいますが、この手の批判にはいささか違和感を感じます。むしろJAの共同販売、JA価格の存在により一般的なコメの価格は実力よりも高く維持されていたのではないでしょうか。大多数の農家はJAのおかげで現実を直視せずに済み、実力よりも過大な価格で販売できていたのでは。
 また、JA価格が全体の下支えとなることで、JAに出荷せずに独自の販売している方々もその恩恵は受けているはずです。もし、JAが存在しなければコメ農家はもっと早くから競争にさらされたことでしょうし、あるいは今頃は既に適正な生産量、生産者数へと淘汰が行われ、価格的にも安定期に入っていたかもしれません。その意味ではJAは罪な存在でしょう。


縁故米


 農家から親戚知人に譲渡されるコメを縁故米と呼びます。広義には職場の同僚などに有償で売られるコメも含まれますが、とくに価格への影響が大きいのは無償譲渡米と呼ばれるものでしょう。無償譲渡米については以前の投稿で紹介した書籍があります。
 
 ちなみに非課税輸入枠のミニマムアクセス米。国内産米価格への悪影響を避けるために、農水省による独占的な国家貿易で輸入されています。その量はSBS米10万トンも含めて76万トン、国内コメ生産量の約1割です。しかるに、先の書籍によれば流通量の1割近くが無償譲渡米、震災直後の報道では3割が縁故米という記事もありました。無償譲渡という究極のダンピング、それが流通の1割もあれば価格に影響しないわけがないでしょう。
 生産者や業者との会話の中で、「今、”担い手”に相当する農家ほど苦しんでいる」という話がよく出ます(たとえばこの記事も。)。能天気に「兼業や年金趣味農家が退場する機会」なんて言ってる人もいますが、トンデモナイ。
 プロ農家、腕のよい農家を支援する体制が整わないうちに起こった、ダンピングの我慢比べが現状です。品質/価格で競争する仕組みに至っていない。
 産業競争力会議等の議論も品質という評価軸は無視され続けてきたように感じますし、そもそも消費者も含め国民のコメの品質を見極めるリテラシーが不足しているのかもしれません(それに乗じるような、売り方ばかりに熱心で腕の方はサッパリという農家が増えているような気もするのですが、それはまた別記事で投稿しようかと思ってます。)。


とまらない過剰な生産


消費の場からは、もうずーっと前より「もう腹いっぱいだ、そんなにコメは食えない」というシグナルが送り続けられてきました。農水省の資料「日本農業新聞」からでも、あるいは一般紙やテレビからでも、生産者がその事実を知る機会は充分にあったはずです。でも、過剰がとまらなかったのは何故か。
 私はこう捉えてます。
 確かに年々生産量は減少しています。ですが、それは上から割り当てられた生産調整と高齢化・後継者不在による自然な減少との結果でしかない。生産者が状況を見極め能動的に動いた結果ではないし、なにより生産者自身が満足できる価格が形成されるまでに供給が絞られたわけじゃない。
 私は、ここがJAの罪だと思います。そして政治の罪。
 つまり、消費者がもう要らないよっていってること、確実に余るってことを知っているくせに、また売り切る自信もないくせに、まるで子供に甘いバカ親のようにJAは生産者がつくったコメをニコニコと引き受ける。
 そのため流通業者と接点の少ない農家は、自分のコメに下されている厳しい評価、現実について実感を持てず、よって真剣に進退を検討することもなく、ただ高齢化などにより二進も三進もいかなくなるまで惰性的につづける。
 そうしてJAの倉庫に生じた過剰なコメは、ダンピングしたり、流通業者にねじ込んだり、あるいは最終的には国に押し付ける。高度成長期に起源するだろうJAや国のこういった姿勢が現在のコメ生産の倦怠をもたらしたのではないでしょうか。
 ちなみに、農家が国の農政が悪いと批判する時は、国がこの甘やかしをやめようとしたことについて文句を言ってる事が多いようです。一方、流通業者や消費側が批判するのは、昭和30年代から始まったこの甘やかしがいまだに存在していることについて。そんなわけで、生産側と消費側がともに農政を批判していても話がかみ合わないことがある。それぞれ逆のことを考えているわけです。


ついでに・・・ 在庫の問題


 「米に関するマンスリーレポート(平成26年11月7日)」(PDF)の51ページによると、来年6月の民間在庫予想は233万トン。1年間の消費量の約3割です。南九州の早場米出荷は7月末に始まるでしょうが、本格的なシーズンまで2~3カ月残しての在庫と考えれば、安全保障の観点からは多いとも思えないかもしれません。でも、業界的にはこの数字は高い水準だといわれます。
 これ、新米が出たら国民みんなが新米を食べようとするからじゃないでしょうか。かつては、まず在庫の古米を食べつくしてから新米を食べ始めたと聞きます。自然なことだし、無駄なくしまつめのよい消費の順番だと思います。この風習は食糧を無駄にしないだけでなく、コメの価格の安定にも寄与するのではないでしょうか。今、みんながみんな新米を食べようとするのは、それが道徳的な気分だけでなく価格的にもハードルが下がっているからでしょう。特に今年のような親不幸相場ではなおさらに。
 つまり、新米購入の価格的ハードルがあまりに低すぎるのも問題では? と感じているのです。シーズン初っ端から新米を食べることは結構贅沢なことなのだ! と認識してもらうために、古米在庫がまだ多い間は新米価格にプレミアムがついてしかるべきではないか、と。古米をダンピングして叩き売るのではなくて。
 しかし、現在の慣習や産地間競争、業務用販売、スーパーやネットを舞台としたリンボーダンスのような価格の潜り合いがある以上、非現実的な夢想だとは解っております・・・。ただ、最低水準価格の業務用米が、10月くらいから新米を使用できるような現状は異常なことだと思います。

2013/12/06

水田農業改革に思う

先月26日の「農林水産業・地域の活力創造本部(第9回)」で、政府の水田農業改革の全体像がきまったそうで。
水田農業改革を政府が決定 | 農政・農協ニュース | JAcom 農業協同組合新聞

以下は一区切りついたということでのメモ書きです。

当初、「減反廃止」の報道を聞いた時、私はてっきり、「これは改革派のシナリオで行くんだな」と勘違いしていました(ここでは、山下一仁氏や昆吉則氏、浅川芳裕氏など論客を「改革派」と呼ばせてもらいます。)。改革派の主張は新自由主義と相性が良さそうだし、与党幹事長石破茂氏の過去の発言も改革派の影響を感じさせるものでした。
その後、具体的な内容が明らかになるにつれ、「なんか違うな・・・」となり、今に至ります。

さて、この改革プランについては賛否両論(否が多い?)ありますね。
減反廃止決定と補助金改革 各紙の扱いは? 真の農業改革に必要な発想 WEDGE Infinityでは、各新聞社の報道姿勢がサクッとまとめられています。

まず、批判。ざっと二つの立場があるようです。


批判その1

ひとつは、改革派からの批判。
このプランは減反廃止どころか減反強化であり、今まで以上のバラマキだとする批判です。飼料用・米粉用への最大10万5千円/反の補助金という転作への強いインセンティブがあり、実際には減反強化となるという見方です。
飼料用・米粉用への転作が増え主食用の生産が抑制されれば、主食用米の価格は高く維持されたままで、非効率的な農家の淘汰と担い手農家への集約は進まない。相変わらず国民は、消費者として高米価、納税者として補助金という二重の負担がつづく。消費者のコメ離れは加速し、稲作農業が補助金から自立する道はますます遠のく。
たとえば改革派として減反廃止を主張し続けていた山下一仁氏がその代表でしょうか。
戦後農政の大転換「減反廃止」は大手マスコミの大誤報――キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン

高橋洋一氏。
【日本の解き方】「減反5年後廃止」は本当か 補助金廃止は評価できるがバラマキはコメ以外に拡大 - 政治・社会 - ZAKZAK

民主党議員からは補助金頼りの見た目の所得向上について批判が。
農家の所得は13%増えるのではなく6%減る。

意外にも?毎日、朝日も、改革派寄りの意見です。単に「アンチ安倍」ってことでしょうか?
社説:減反政策の廃止 補助金で改革妨げるな- 毎日新聞
(波聞風問)減反廃止 農政大改革、看板に偽りあり 原真人:朝日新聞デジタル
減反見直しても農家所得13%増 農水省試算、補助金増:朝日新聞デジタル

むしろ、バリバリ改革派なイメージの読売や日経のほうが淡々と政府の主張を報じています。こちらは単に「安倍贔屓」ということ?
農業 3本柱で強化 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

確かに今回の政府方針では、需給がダブダブになって価格低下→淘汰で経営マインドを持った農家が残る、というシナリオにはならない感じです。また、日本再興戦略で謳われる華やかな感じともイメージが違うようです。


批判その2

もうひとつの批判は、淘汰されるかもしれない農業者の立場からです。
今回の方針決定があまりにも性急であること、小農切り捨ての国の姿勢が見て取れること、中山間地への理解に欠けること、水田の多面的機能の評価が足りないこと等。
日本型直接支払いや飼料米の補助金についての内容が具体的になるにつれ、批判のトーンは下がってきましたが、居住する集落やこれまでの暮らしの存続についての不安はまだまだ拭えないでしょう。
はたして飼料用米の販売先など見つかるのか、農地維持も含めてこれら補助金はいつまで続くのか・・・。また、専業農家の方が兼業農家よりも厳しい状況に追いやられ先に倒れてしまうのでは、という懸念もあります。
高橋はるみ知事「進め方性急」政府の減反廃止に : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

上記リンク先ウェッジ誌の記事にもありましたが、地方紙、特に中山間地を多く抱える地域の新聞はこの辺りの不安を伝えます。
鹿児島の情報は南日本新聞 - 社説 : [減反廃止] 丁寧な議論が不可欠だ
AGARA紀伊民報 - 「農政の転換と中山間地」
岐阜のコメ、未来図は 減反見直し、農家賛否 - 岐阜新聞 Web

この不安は、国、とくに農水省の目指しているのイメージがハッキリと見えないことにあるのではないでしょうか。
安倍総理は、
農林水産業を若者に魅力ある産業にし、同時に、日本の農山漁村、ふるさとを守っていく
経営マインドを持った農林水産業者が活躍できる環境を整備し、農業の構造改革を進め成長産業とし、農業・農村全体の所得の増加につなげる
担い手の規模拡大を後押しし、美しいふるさとを守ってまいります。
と力強く語ります。
が、どうも、今回の改革方針はこれらの言葉としっくりこない。
どうも目標とする姿というか想定している改革後のイメージがハッキリと語られてない。なんかモゴモゴと言葉を濁されている、そんな気持ちになるのです。


支持する意見

まあ、あまり見かけないのですが、この改革プランを支持する意見。
有坪民雄氏は、耕作放棄地問題をみる視点から“「中途半端」な減反廃止政策”を効果があるとしています。農地を増やしたい既存の農業者が、集落内での減反割り当てに縛られずに、自然な形で作付けを増やしていける政策だという評価。氏のイメージする改革は改革派のそれよりも穏健で現実的な感じがします。

あと、こういう記事もありました。「英エコノミスト誌」だそうですが、これはいろいろと勘違いしているところがありそうな・・・。
日本の稲作農業:政治の必需品にメス:JBpress(日本ビジネスプレス)


メモ

で、私の感想です。場末の米屋が思いつき勝手に書いてるメモですので、その程度と軽く流してください。

この政策が減反廃止ではなく減反強化であるという指摘はその通りだと思います。が、しかし、その点がこの改革にダメ出しする理由とはならない気がします。
実は正直言って、改革派のシナリオよりも、農水省案の方が現実的で味わい深いようにも思えてきました。

改革派の方達は、収量アップ、大規模化でコスト低減して、国内に流入してくる外国産との競争はおろか、どんどん生産量を増やして輸出しよう!という方向で考えているのだろうと思います。
その立場からすれば、今回の政策は全然方向が違うし、評価できないでしょう。
ただ私、改革派のこれまでの主張に大筋では同意するのですが、具体的な見通しについては些か楽観的で大雑把に過ぎるという印象を持っておりました。改革派的な政策が進められたなら、それはそれで不安が大きかったことでしょう。

国産米需要については人口減・価値観の変化による減少が従来から続いてますが、さらに関税撤廃後は外国産米に奪われる消費がかなりになるでしょう。
生産コストを低減して価格を下げ消費減に歯止めをかけるといっても、コスト削減の余裕は言われてるほどでもなさそうだし、そもそも担い手も含めて生産者・関係者の大部分は生産コスト低減に意欲がある風じゃない。
海外富裕層相手の輸出なんていっても、数はしょぼそうだ。
結局、今のままでは供給過剰でダブダブになることが予想されます。稲作農家の全滅を防ぎ、さらに自立まで目論むには、これまで以上に供給を抑制しなければならない。

ただし、国が生産量を決めて割り当てるのではなく、稲作農家が自分の判断でこれ以上のコメは作らないという判断を下すべきだ、と。
需給見通しの情報は提供するが、その先は自分で判断してほしい。自分のコメが消費側にとってどれほどの価値のものかを正しく自覚して、売れる売れないの判断を各自で下すべきだ。
そして、過剰米が発生しても、自分たちの責任で処理してくれよ。「作る自由」と「作った責任」はセットですよ、と。
安倍総理の次の言葉からそう印象します。
40年以上続いた生産調整の見直しを行って、自らの経営判断で作物をつくれるようにする、そういう農業を実現してまいります。そして、食料安全保障に直結する麦・大豆、飼料用米の生産を振興します。

これからは、コメを食糧として特別扱いするつもりはない。
そんなメッセージが込められているような気もします。まあ、私の勝手な解釈ですが。

そして、転作補助金による生産者のリストラ。
ある程度の低コストでコメを作れる生産者、あるいは、すこしくらい高価でも需要がある食味、品質、個性のあるコメを作れる生産者、つまり主食用米の生産にメリットが有る生産者だけが縮小する主食用国産米市場に残る。
そうでない人は飼料用米などの生産へ。いずれはトウモロコシなど、コメ以外の飼料用作物へとシフトしてもらいたいのでは?
国産米の需要は少なくなるのだから、供給もそれに合わせて減らす。ただし、これまでのように稲作農家の軒数は維持したままで各自の作付け面積を減らすという方向ではなく、主食用稲作農家の数を減らしていくという方向への転換ということでしょうか。
稲作問題の本質は需要量に比して過剰な数の人間がぶら下がっていることだ、と考える立場からすれば、これはありかな?

もし、私が想像したような姿が目標であれば、そりゃハッキリとは言いづらい。ストレートに言うのは少し無体な、というか反発ありそうな感じで、モゴモゴと言葉を濁したくなるでしょう。

しかし、この飼料用米の補助金はいつまでつづくのでしょうか。生産者からみて、補助金貰って飼料米を作るより、もっと魅力的な作物が出てくればいいのですが。どうやって終いにするつもりなのか気になります。まさか、今後ウン十年も続かないとは思いますが・・・。

2013/11/16

関税撤廃よりもMA枠の拡大か?

最近、コメ周辺のニュースが多いですね。

TPP交渉、コメ関税ゼロ枠拡大 米要求で妥協案浮上  :日本経済新聞
 米国はこのほど日本に関税をなくす品目の割合を示す「自由化率」を100%にするように要求。日本が「関税全廃はありえない」と回答すると、米国はコメを高い関税で守る代償に輸入を義務づける「ミニマムアクセス(最低輸入量)米」の枠の拡大を求めてきた。
 同米の輸入量は年約77万トン。2012年度の最大の輸入先は米国で36万トンだった。国別の輸入量は国内需要などをもとに政府が決める。国産米への影響を抑えるため、無税輸入米の大半は焼酎やみそなど加工用に販売しているが、米国は自国産のコメの輸入枠を拡大し、主食米として日本で販売するように要請。政府内で「コメの関税を守るためにはやむを得ない」との意見が浮上した。
ということです。

だいぶ前ですが、このように指摘するツイートをみかけたのを思い出しました。

なるほど、関税撤廃した日本国内で国際価格並の水準で他の国々と競合するよりも、輸出量の増加は少しでも今の価格水準で売れる方がオイシイ。
つまり、高く売りつけることができる市場をみすみす壊すのは馬鹿らしい、アメリカの生産者も減反と関税で支えられた高価格の恩恵に与ろうぜってことじゃないかと。
そこまでは考え過ぎかもしれませんが、しかし日本の消費者は随分と蔑ろにされているなと思わせる提案です。

そういえば、生産調整の見直しも、実質的には減反強化ですらあるとの意見も出ています(戦後農政の大転換「減反廃止」は大手マスコミの大誤報――キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン)。

なんだかんだと関税による高米価維持(消費者負担)も、多額の補助金(納税者負担)も変わらないのか?そんな気にさせるニュースでした。

2013/11/09

飼料用米に補助金を厚くするらしい件について

減反廃止の議論が本格的になったのが先月の下旬、それからまだ半月くらいしか経っていません。しかし、具体的な内容が明らかになるにつれ、皆さん、変化への高揚感とか期待感などがだんだん薄れてきているのではないでしょうか?
当初、減反廃止がねらう効果とされていた、中小兼業農家の退出と大規模農家への集約、コストダウンによる価格低下と競争力向上などは、ちょっとズレてきたようにも感じられます。

2013/11/09付西日本新聞朝刊の社説は、今回の減反廃止方針について、2003年改正食糧法以降の「戦後農政の大改革」と同様の頓挫を心配しつつ、
農地集約・大規模化よりも今回は農地の維持に力点が置かれている印象が強い。
と分析しています。

来年度から4年間は減反参加者への定額部分補助金は現在の1/3の5,000円/10aとするが規模は問わない、浮いた予算は飼料用米の転作奨励に充てる。現時点ではこの方針とのこと。
東京新聞:減反補助 5000円に減額 来年度から4年間:政治(TOKYO Web)

しかし、10月末にでた農水省の案で転作奨励の補助金を厚くすることが入っていると知ったときは、なんとも違和感がありました(コメ生産量は「農家の判断で」 農水省の減反廃止案:朝日新聞デジタル)。
つい先日、三瀧商事の事件で加工用米が問題になったばかりです。制度により人為的につくられた一物多価は不正の起こるリスクを常にはらむ。転作奨励の補助金がインセンティブとして働くことで消費者無視の独りよがりな稲作を生み、歪められた需給バランスが消費をさらに低迷させる。
「新規需要米」って言葉、どこかに新しい需要が生じていてそれに対応するモノかのような印象を与えますが、どちらかといえば供給側の思惑があって後から無理に需要を作っているのが実際ではないかと。だいたい、最初から補助金付けて思いっきりダンピングしないと買ってもらえないという時点でおかしいでしょう?
そもそもこれ、いつ補助金外すんでしょうか?消費者の舌が慣れ切って、需要者もそれに合わせた設備につぎ込んだころ合いを見計らって補助金をはずすのでしょうか?
まさか、国がそんなヤクザみたいなことはしないでしょうが。


2013/11/07付け記事「減反廃止にカラクリ 補助金減らぬ恐れ :NQNスペシャル :マーケット :日本経済新聞」では、実は減反政策は変わらないとみる理由として次のように説きます。
転作支援については、前回の自民党政権が積極的に取り組み、12年度は52万件、総額2223億円が交付された。民主党の政策と従来の自民党の政策が併存している。
 今回、廃止方向となったのは民主党政権が導入した補償制度で、転作支援の交付金については存続する。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、「減反補償は従来どおりのため、(転作促進による)生産調整は維持される。その結果、米価も下がらない」と話す。
 それだけではないという。山下氏によれば、現在、主食用米から米粉・飼料用米に転作した場合、農家にはその収入差として10アール当たり8万円を支給している。それに米粉・飼料用米の作付面積(6.8万ヘクタール)を掛けると、総額はおよそ550億円になる。
 山下氏は、政府が仮に、この支給額を10万円に増やし、その効果で米粉・飼料用米の作付面積が20万ヘクタールに拡大した場合、補助金総額は2000億円に膨らみ、民主党の「戸別所得補償」分がそっくり転作支援に入れ替わるとみる。
結局は補助金も作付けも転作扱いの新規需要米に振り分けられるだけで、補助金総額は減らないし主食用の低価格化も起きないという予想です。

一方、2013/11/06付けの「円滑な減反廃止は可能 荒幡克己 岐阜大学教授 :日本経済新聞」では、転作助成の維持と適切な経過措置によってソフトランディングが可能であるとされています。
 減反問題の要諦は、農業部門内での資源配分にある。これまで、需給動向を軽視した高米価路線によるコメ有利の状況で、土地、人などの資源が稲作に偏り過ぎ、増産が必要な飼料作物などに仕向けられなかった。この意味では財政支出の削減を検討する際、コメが有利とならないようコメへの助成を削減し、稲の飼料用仕向けを含めた転作助成は維持するのが妥当である。コメ偏重農政のままでは、減反廃止への道は開けない。
 減反廃止後、市場に任せると、農家の手取りは20%を超えて減少することが予想される(シナリオ1)。長期的に競争力強化を考えるならば、この米価下落に耐え得るコストダウンは実現してほしい。しかし、短期での大幅なコストダウンは限界がある。
 そこでコメへの助成自体にあらかじめ生産刺激の弱い方法を設定しておけば、廃止後の増産と価格暴落を抑制できる。価格下落分を補償するような不足払い(シナリオ2)は、生産刺激が強く財政負担が膨大となる。財政規律を重視すれば、一定額を支払う固定支払い(シナリオ3)とした上で、さらにデカップリング度を高めれば、同程度の農家手取り減でも大幅な財政節約が可能である(シナリオ4)。
減反廃止の効果をいかに高めるかというよりも、いかにそのインパクトを和らげるかに関心が向いている記事です。ここでは減反廃止のプロセスの消化自体が関心の的です。

余剰分を飼料用、加工用などに振り向け隔離することで、主食用米の価格下落を防ぐ。内外価格差の大きな関税なしのMA米の取り扱いと同じ発想ですね。実に農水省的発想による解決方法ではないでしょうか。
ただ、国・農水省が需要のあるコメ、商品を見極めるセンスに欠けているのが問題なのです。補助金付けて安くさせて、農林事務所から宣伝させれば大丈夫、くらいに考えているのかもしれませんが。しかし、この数年をみても判ることですが、変なインセンティブをつけて生産を誘導すると、需要側に必要なコメが足りなく、要らないコメが余りまくるという状態になります。

ところで、2013/11/05の林芳正農林水産大臣の会見でこのような発言がありました。
今、全体需要の大体3分の1が、まあ、こういう外食・中食向けと、まあ、こういうことでありますので、こういう需要に対応するために、やっぱり低コスト生産ということが一つありますし、それから、これに併せて、やはり、この実需者、こういう方々が求めている品質のコメを安定供給すると、こういうことが大事だと思っております。そのためにですね、26年度の予算概算要求ですが、いわゆるブランド米とは異なる品質や価格での供給が求められるですね、業務用米、加工用米の、まあ、生産コスト低減技術の実証と、それから、外食・中食業者や卸業者と、まあ、産地のマッチング、関係者の連携による産地づくり、安定取引の推進、まあ、等へのですね、支援を行うための予算を要求をしております。・・・・・・実需者と産地が一体となってですね、こういう中食・外食等のニーズに応じたコメを安定的に供給できる体制と、こういうものが、を構築を進めていきたいと、こういうふうに思っております。
減反廃止の行方とは関係なしに是非、進めていただきたいことです。

2013/11/05

減反廃止の報道から思うこと 後編

前篇からの続きです。

減反廃止の効果についての是非

大規模化、コスト低減、競争力強化という目標の是非についてパスしたとしても、では果たして減反廃止によってこれらが実現するのかどうか、です。

まず、ほんとうに兼業農家が離農して主業農家へと農地が集まるのか。
例えば次の記事では、減反廃止での農地拡大を期待する大規模農家の声が紹介されています。
 一方、80ヘクタールの田んぼを抱える沼南ファーム(千葉県柏市)の橋本英介取締役は「補助金が減れば、兼業農家が農地を手放すはず。大規模農家にとっては農地を広げるチャンスになる」と農政の転換を歓迎する。大潟村あきたこまち生産者協会(秋田県大潟村)の涌井徹代表も「減反見直しは当然。補助金は加工技術や新用途の開発に使うべきだ」と期待を込めている。
減反見直しで競争へ一歩 農政、大規模経営に軸足 :日本経済新聞

少なくとも高齢生産者のリタイアのきっかけにはなりそうです。しかし、主たる収入源は他にある壮年の兼業農家は補助金廃止や価格低下にも抵抗する体力があると見られます。コメづくりを趣味とか家の年中行事として捉えるなら赤字でも構わない。むしろ稲作を主な収入としている主業農家の方が先に参ってしまうのではないか、という意見です。現在でも販売農家に該当しないため経営安定所得対策の対象とはなっていない園芸農家による自家飯米や縁故米の生産は珍しくありません。
次の記事の説明はしっくりと来ます。
「兼業農家」と戦って勝てるわけがない ドラッカーで読み解く農業イノベーション(4):JBpress(日本ビジネスプレス)

また、こんな主張があります。
新浪ローソン社長の減反廃止論は先祖返り | コラム | JAcom 農業協同組合新聞
改革派のストーリーは楽観的で単純に過ぎるという批判は、以前より行われていました。しかし、批判に対する改革派からの回答は無いのでは?
大規模農家に分類されていても、米価下落+補助金カットに耐えられるほどのコストダウンの準備が現在既にできているところはそう多くないでしょう。今回の減反廃止スケジュールでは、コストダウンにより米価引下という順序ではなく、米価下落による淘汰の後に集約とコストダウンがくることになります。
もしかしたら、現時点で大規模稲作農家とされる農家も含めての淘汰、再編ということがすすんでいくのかもしれません。大規模優遇と言っても、その「大規模」の意味するところは現時点での大規模、例えば家族+αの労働力で数十ヘクタールを耕作とかのレベルとは桁が違うのかな?とも。今は自信たっぷりの大規模農家も、あっという間に大きな資本に飲み込まれていくかもしれません。同じ資本のショッピングモールやCVSが全国どこにでもあるように、同じ資本の農地が全国どこにでもある。農村のファスト風土化なんて杞憂ですかね?

集約することで生産性が高まるような農地は、既に集約されてしまっているという意見もあります。まとめることができる田んぼなんてものは、広い平坦地にある田んぼです。干拓地であったり、扇状地であったり。すでに数十haの大規模農家が存在しているような土地です。
中小零細農家が分散して作付けしているのは、国内農地の40%と言われる中山間地域の田んぼ。また、どうにも生きない田んぼから順に耕作放棄されているわけです。
もっとも、このような田んぼはコメではなく、もっと儲かる作物を、と考えられているのかもしれません。それならそれで生きた農地の利用となるのかな?

補助金による減反へのインセンティブが無くなったとしても、果たして大規模専業農家はフル作付けするのでしょうか?
現在でもコメは過剰なわけで、さらに供給量が増えるとすれば、売り切ることができるかどうか。リスクを負って作付けすることになります。かといって、価格が下がっているのならば量で補わなければならない。
農水省によるコメの需給見通しの発表は継続されるとのことですが、春の作付け時点では他の生産者の動向全ては読めるものじゃありません。
収入保険や先物によるヘッジで補えるのかもしれません。見方を変えれば、それらを活用できなければ稲作経営は困難になるのかもしれません。


今後の不安

しかし、実際どうなるのか。私には全く分かりません。

例えば、農協。
食管制度の廃止以来、生産・販売に独自の努力を続けてきた単位農協がいくつもあります。一方、お役所気質のまんまの単協もあります。確実に、今以上の格差が生じるでしょう。そのとき、JAグループの結束は?

減反廃止後に過剰となるコメ。
これまで農家はJAに尻拭いをさせてきたわけです。民間や消費者に直売して、残りそうならJAに出す。JAもコメの過剰は重々承知していながら、生産者が持ってきたコメは受託する。むしろ売るのに苦労することがわかっていてもJAへの出荷を呼び掛ける。
しかし、一時的なことかもしれませんが、大量な過剰が予想されるわけです。そのとき、JAは今までどおりに売れないコメを受託するのか?しかし、皮肉にも、過剰なコメを抱えた生産者は、こんなときばかりJAをいいように利用しようとするのでは。

縁故米。
目論みどおりに中小零細農家が退場すれば、これまで流通していた縁故米が減っていくでしょう。その分、誰かの販売量が増える?
これまで好調といわれたコイン精米機の将来は?あるいは、縁故米消費者が慣れ親しんだ玄米30kgでの販売が増える?

政府の買い上げ。
なんか25年産の過剰米対策がどうのこうのと聞きますが・・・。減反廃止後にも政府買い上げでの過剰米対策なんて矛盾したことはしないで貰いたいものです。

古米とか古古米とか。
一般に現在のコメ流通では、収穫からさほど間を空けずに新米が出回ります。一般消費者向けはモチロン、業務用でも底辺クラスでなければ遅くても年内には新米へ切り替わります。
ところで、減反廃止以降は春先の作付の動向が不明瞭となるわけで、極端な余剰米が発生したり、あるいは足りなかったりということが起こりうるのでは、と思われます。現在のように誰もが気軽に新米を食べられるという状況が続くのかどうか。新米が食べられる、ということが贅沢になるのかもしれません。


と、いろいろ不安はありますが、減反廃止が必要なのは確か。カルテルの維持に税金を使うなんて、あり得ないでしょう!
ただ、もっと早い時点での廃止、本質的な改革が行われていれば、と悔みます。本質的な改革から逃げ、継ぎ接ぎ、継ぎ接ぎでその場しのぎの対応を重ねた結果、糸はもつれにもつれ、いざ改革となると複雑すぎて・・・。
遡れば、間違いの始まりは農地改革でしょうか。それから数えれば半世紀以上、小手先ではない改革になること、有意義な改革になることを、切に願います。

追補

2013年11月6日付日本経済新聞「円滑な減反廃止は可能 荒幡克己 岐阜大学教授」では、コメ偏重を改め稲作と転作の相対的収益性を是正し、デカップリングを高めた経過措置を適切にすることで円滑な減反廃止は可能だと語られます。
このようなシュミレーションが出ることで、いろいろ見通しがしやすくなりますね。

減反廃止の報道から思うこと 前篇

2013年10月24日の産業競争力会議の農業分科会から、数年程度先の減反廃止の検討および来年度からの交付金の見直しが本格的に始まりました。

「減反」見直し着手、補助金削減も検討 TPPにらみ分科会 - SankeiBiz(サンケイビズ)

これまでのところ報道された案はこのような感じ。



11月末には政府方針がまとめられるとのこと。いつかは外されることが必至であるハシゴですが、ここにきて一気に現実的になってきました。一般の関心も高いようです。

この減反廃止・補助金見直しですが、二つの段階に世間の議論があります。

一つ目は、政府、産業競争力会議の目指す農業のあり方についての是非。そもそも、大規模農家に集約し、生産性を高め、国外のコメに対する競争力を強化するという、政府が掲げる目標自体がどうなのかという議論です。

二つ目は、仮に大規模農家へ集約、生産性アップを目指すとして、減反廃止という手段が適しているかの議論です。減反廃止、補助金の縮小~廃止、中山間地は別途支援、加工用・飼料用米は手厚く保護といった政策で、果たして、大規模かつ優秀な専業農家が輝き、兼業農家が退場していくのか?世界に誇れる優れた品質のコメ、世界で通用する価格のコメが生産されるようになるのか?が懸念されているのです。

大規模化促進の是非

減反を廃止すれば、大規模農家への集約 → コストダウン → 生産性向上がおこり、コメの価格も下がる。価格が下がれば国内消費量も増えるし、海外のコメとも張り合えるようになり、関税の撤廃や輸出も可能となる。かねてより山下一仁氏などの改革派が主張していたストーリーがそのまま今回の政府・与党の検討案となっています。

まず、この方針を小農切り捨てと捉えて反対する立場があります。
この発想は、あくまでも「農業保護<農村社会の維持」というスタンスと思われます。農村社会の維持存続のために、農業支援があり、兼業収入確保のために工場等の企業誘致があり、という考え方。改革派が食料安全保障や多面的機能の確保のために農業保護の必要があると考えるのに対して、順番が逆になっています。
農林族議員やJA、左翼言論人に多い考え方だと思われます。
例えば、
岩手日報・論説 2019/10/29「減反廃止検討 小規模農家切り捨てか」
とか
「自民党の減反廃止は、小規模農家切り捨てで1戸当たり所得倍増ということだろう」民主党代表が解説 - 国会傍聴記by下町の太陽 宮崎信行
あるいは短期間で結論を出すことの拙速さを懸念する意見もあります。
社説:減反見直し 一連の議論、仕切り直せ|さきがけonTheWeb

また、そもそも日本国内ではいくら大規模化してもコスト低減には限度がある、オーストラリアやアメリカと同じレベルには成りえないと、大規模化の意義を疑問視する立場があります。
米豪レベルに広大な農地は造れません。日本だと一軒で数十ヘクタールの田んぼを持っていれば結構な大規模農家です。それも干拓地でもない限り結構分散しているし、1枚1枚の面積も数十アールならまだ広い方。移動や農機の出し入れにかかる手間も米豪の比ではない。
稲作は10haくらいで規模拡大によるコストダウンは限界だともいわれています。
さらに、国内の耕地面積の40%は中山間地。棚田に限らずとも1枚1枚が小さいうえに、形も三角形やら台形だったり、妙に細長かったり。そのような農地を集約しても大したコスト低減はできないでしょう。
ただ、集約されるのは農地ではなく農家、ということです。
国内の農地は決して過剰ではないし、輸入分を除いて考慮すれば食料生産能力も決して十分とは言えない。一方、労働力としての稲作農家数は実は過剰ということ。稲作では食えないから兼業するのではなく、農業界には稲作農家全てを食わせるほどの労働需要がないということです。専業なら1人でできる作業に10人も20人もが群がる。だから兼業で充分出来るし、コストも高くなる。一方、意欲的な若い人材は、そのような中途半端な場所に身を置きたいとは思わないはず。この現状を変えていくのが大事です。
集約の意味するところは、農地集積によるコストダウンよりも、農業界の人材リストラによる効率化でしょうか。

さらに、大企業が減反廃止に熱心であることに対する不信があります。
産業競争力会議で減反の廃止を提言したのはローソン最高経営責任者の新浪剛史氏です。言うまでもなくコンビニはおにぎり、弁当類を多く販売しており、コメの生産現場を押さえることは経営に有利であると想像されます。この参入をしやすくする、そして今まで100万軒以上の農家に分散されていた補助金等を新たな利権集団が奪い取るための減反廃止だ、と。
結局、税金を吸い上げるのが農家から一部民間企業に変わるだけのことで、それにしては破壊されるものが大きすぎるという見解です。

ところで、米屋としての私が気になるのは、中山間地の稲作。
中山間地には直接支払いによる支援が提案されているようですが、今のところ内容は不明。そもそも農地の40%を占める中山間地、そのうちどこをどう支援していくのか、有意義な内容なのか?
まあ、安倍首相のお好きな、地元選挙区内にある山口県長門市油谷の棚田などは何か支援が出るかもしれませんが。でも、油谷みたいに魅せるロケーションを持たない中山間地は?
むしろ、地味でなんの変哲もない中山間地にこそ、美味いコメを作る人がいたりするんですよね。押しつけがましい思想だとか、大上段に構えた哲学とか、ハッタリ臭い商品化やら表面だけのブランド化なんかとは無縁の、ただ淡々と研鑽し栽培し、JAや民間業者に出荷する生産者。美味いコメの生産者ってのはそんな中にいる、というのが私の実感です。商売っ気ばかりが先に立った胡散臭い生産者が悪貨のごとくに振る舞い、これら良貨のような生産者を駆逐しやしないか、という懸念を私は強く持っています。
コメ減反の見直し 農家と農村守れるのか - 社説 - 中国新聞
コメ減反見直し 中山間地を置き去りにするな | 社説 | 愛媛新聞ONLINE
社説:減反見直し 一連の議論、仕切り直せ|さきがけonTheWeb
南日本新聞 - 社説 : [減反見直し] あまりにも乱暴すぎる

あと、こういう意見もありますが・・・、申し訳ないですが、私には下記のこれら主張は単なるノイズとしか評価できません・・・
10月28日(月) 苛酷なスクラップ・アンド・ビルドが始まろうとしている:五十嵐仁の転成仁語:So-netブログ
自民党の農業潰しがいよいよ露骨になった - 弁護士 猪野 亨のブログ

長いので一旦切ります。
つづきはこちら。

2013/10/17

イオン・三瀧商事偽装事件であれこれ考える

イオングループで販売された弁当などで、「国産米」の表示に関わらず中国産米が使用されていた事件。

量の多さや期間の長さだけでなく、こんな時代錯誤で幼稚でふてぶてしい不正がイオンのような全国的に名の知られた場所で行われていたという点にも驚愕します。
その後、三瀧商事は加工用米を主食用へ転用していたこと、業務用納品だけでなく小売店で販売される袋詰精米商品にも混入していたこと取引先や関連会社などに偽装の協力をさせていたことなどが報じられました。
三瀧商事の偽装は2005年から行われていたとのこと。それから今に至るまでの間、2008年に三笠フーズの事故米不正転売が発覚し、2010年から米トレーサビリティ法が施行されているのにです。

さらに、この事件に関連した記事「『中国猛毒米』偽装 イオンの大罪を暴く」が掲載された週刊文春2013年10/17号 がイオン系列の売り場から撤去される、なんてことも。
朝日新聞デジタル:イオン、週刊文春を撤去 偽装米問題で「誤解与える」 - 社会

この事件、そしてこれをめぐる報道やネット上の意見をみていると、つぎつぎとコメの世界が抱える問題が浮かんできます。

納入価格など

さて、当初このニュースを知った時、まず思ったのは「果たして納入価格はいくらだったのだろう?」ということです。
まあ、なんと2005年から不正をしていたとのことで震災以降の高騰とは関係はなさそうです。が、それでも当時の相場からしておかしくない価格だったのか?
コメの価格というのは国内産でマトモな品物なら、ずば抜けて安いものなんてあり得ません。けっこう出来の悪い酷いコメでも、そこそこの値段します。理由もなく安いモノなんてない。これはJAグループの力ですね。逆にいいコメでも、メチャクチャな価格差があるわけじゃない。
もし、あるラインを越えて安く仕入れたいなら、かつ国内産という条件をはずさないなら、くず米・砕米・未熟粒等の混入を我慢するか、あるいはスーパーでの売れ残りや返品されたもの、精米から時間が経ったものを受け入れるか。いわゆる「捨て場」になるということ。
低価格でなおかつ、品質はおにぎりに使用できる程度にそこそこで、というのであれば外国産とならざるを得ないでしょう。
品質がよくて、安くて、国内産というのは無いものねだりというものです。どこかで無理をすれば道理が引っ込むことになる。
ある程度の規模でやってる企業のバイヤーならそんなこと知らないはずはないし、もし本当に知らなかったとしたらそれも問題でしょう。
まあ、今回の事件での納入価格や要求されていた品質について、具体的で確たる情報がないので、この点については何とも言えません。ただ、スーパーや食品工場からの要求には、価格に限らず無茶が多いことはよく耳にします。配送や搗精の時間を考えれば物理的に無理な精米日を指定されたり、店内でネズミに齧られた商品を返品してきたり。このあたりの事情を掘り下げ公にしないと、この手の事件は無くならないでしょう。
ちなみに、週刊文春10月17日号の記事には米流通業者の発言としてこんなことが書かれています。
「通常、コシヒカリの新米は一キロ三百円ほどの卸値で取引されます。しかし、イオンは『一キロあたり二百円のコシヒカリを持ってこい』というような要求を平気で言う。キロ二百円台のコシヒカリなど、あり得ません。精米や物流にかかるコストを計算すると、そんな値段で入れられるはずがない。だから、我々はイオンの求める値段では不可能とすぐ分かる。
・・・」(週刊文春10月17日号36ページ)

販売店の責任

イオン「品質について100%責任を持ちます」トップバリュー弁当の国産米表示 → 中国産米の混入が発覚 - NAVER まとめ

PB商品については販売者が100%品質に責任を持つからメーカー名は記載しないという見識については、これはありだと思います。
それが嫌な人、つまりメーカーや製造された国や地域がわからないのは嫌だという人は記載のない商品を買わなければいいのですから、記載しないことを批判するのは筋違いだと思います。

ただ、
「イオンのお米は、独自の抜き取り検査で検査済み」
というのはどういう内容の検査なんでしょうかね。
まあ、「安全」とか「安心」を安易に軽々しく売り口上にする輩は大抵が胡散臭いというのが相場ではありますが。
そして今回、自らも被害者であるようなコメントを出していたのにはゲンナリしました。

もうひとつ気になるのが、イオンのプレスリリースが出たのが9月25日、その後ツイッターなどでちらほら話題になっていたのですが、マスコミが本格的に取り上げるまでに数日間のタイムラグがあったこと。現時点でも、規模からしてもっと騒がれてもおかしくない事件なのですが。

加工用

原産国の偽装だけでなく、加工用の転用もあったようです。
誤解する人もいるのですが、加工用というのは菓子など加工食品の原料用という意味であって、肥料や工業製品の原料用ということではありません。食品としての安全性が問題なのではありません。
何が問題かといえば、カネです。加工用米というのは、その作付けについては加工用途に限定して出荷すると生産者が申請することで10aあたり2万円の補助金を受けたものです。その補助金を原資としてダンピングすることで、小麦粉やその他海外からの原料に対する競争力をもたせ消費量を増やそうということです。あくまで加工用として補助金が出されたものを転用し、低価格の恩恵を不正に享受しようとするのですから、これは消費者に対する罪というより、納税者に対する罪です。

未検査米

未検査米というのは農産物検査を受けていないコメというだけのことです。そもそも農産物検査は、放射性物質の検査でもなければ、残留農薬の検査でも、重金属の検査でもありません。産地、品種、産年、等級を確認するだけのもので、食品としての安全性をみる検査ではありません。
勘違いした人もときどきいますが、未検査米を販売したり、食材として使用することになんの問題もありません。ただ、一般消費者向けに品種や産年を記載して販売することは出来ないというだけです(以前は原産国以上の詳細な産地も記載出来なかったのですが、米トレサ法との関係で逆に積極的に記載が求められるようにすらなりました。この辺りのその場しのぎにつぎはぎしたルールがこの業界を複雑でわかりにくいものにしています。浅はかな理解に基づいて思いつきでモノを言うような人たちの声が大きいのも問題でしょう。)。
未検査米には、生産者が品質に自信があり銘柄に頼る必要がなかったり、JA以外に充分な量の直接取引先があったり、業務用需要と結び付いていてJAS表示の必要がなく、わざわざ検査受ける意味がないというポジティブなケースと、JAに出せないくらいの粗悪なものだったり、無知な消費者からぼったくるだけの生産者直売だったりの質の悪いケースとがあり、未検査米という括りだけで内容を判断することはできません。

米トレサ法

報道では2010年に米トレサ法が施行される以前の2005年からこのようなことは継続されていたそうです。しかし農水省のプレスリリースでは平成22年(2010年)10月以降の販売分が偽装であったとなっています。
2005年以降ずっと中国産・米国産米を使用していたが、トレサ法以前は伝票での産地伝達義務も、おにぎりや弁当に原産国を表示する義務もなかったので措置の対象外、ということでしょうか。
トレサ法施行以前、イオンや炊飯業者は原料米の産地など内容についてどう認識していたのか?トレサ法の前後で取引条件等は同じだったのか?なども知りたいところです。
そもそも、SBS米(中国米・米国米)を精米として販売したり、おにぎり、弁当に使用したり、飲食店で提供すること、それ自体はなんら罪ではありません。「この単価でそこそこの品質を要求するならば中国米しかない!」旨をキチンと伝えて、そう表示して納入するべきなのです。
問題なのは、堂々と原産国名を表示せずに、国内産であると小狡く嘘をついていたことです。

安全とは?中国だからだめなのか?

ところで、今回ネットなどで目についたのは、「中国産の毒米を食べさせられた!」という発言。イオンが棚からはずした週刊文春の記事も「中国猛毒米偽装」とタイトルされたものでした。
しかし、あくまで三瀧商事の罪は、虚偽の表示をしたこと、加工用米転用により結果として補助金を不正に利得し食糧たるコメの需給安定を妨害した点にあります。
たしかに中国産農産物の重金属汚染や農薬のずさんな使用は伝え聞くところですし、実際有害であることが発覚した例もあります。しかし、だからといって今回使用されたコメが有毒であったという事実があったのか?
当然に、中国の生産現場に関する伝聞や過去の事件からリスクを避けたいという消費者の意思は尊重されなければなりません。現にこのような事件を起こした企業、下請けの偽装を見抜けなかった企業がいくら安全を請け負っても信用しにくいのは確かです。また、偏見や思想・信条に起因するものであっても特定の原産国のものを買いたくない、食べたくないという意思は同様に尊重されるべきです。それを、虚偽表示で蔑ろにすることは許されない行為です。
が、今回の事件を中国産を使ったからダメだ、安全や健康を脅かされたという風にしては問題がわかりにくくなります。さらに食品は国産だったら即ち安全だという安易な雰囲気を助長しかねません。

内外価格差と一物多価

国内産米と外国産米の価格差。主食用米と加工用米の価格差。そもそもこの価格差があるからこんな悪事を働く者が出る。
ある程度の価格を割り込んでくると、やはり外国産米の方がコストパフォーマンスに優れていると言えるでしょう。国内産ならば、中米、くず米、端米、売れ残り処分品などの価格帯でも外国産ならまともな整粒だったり。
また、加工用と言ってもあくまで制度上の区分で、必ずしもモノが違うわけではない。もちろん加工用として適性がすぐれた品種が作付けされる場合も多いでしょうが、主食用に一般的に使われる品種でも加工用として申請、作付けされれば加工用。税金から補助金つけてダンピングの原資にして加工用原料の国産シェアを上げましょうという発想のもの。
コメ業界以外では一般的な議論に上がりにくい問題ですが、根深い問題です。

需給のミスマッチ

三瀧商事幹部が「イオンに指定された国産米が足りずに中国産を使った」と語ったという報道について、ネットの掲示板などでは「国産米はあまってるのに」といった反応もみられました。幹部発言はいうまでもなく「イオンに指定された内容と価格の国産米が足りない(あるいは存在しない)」という意味でしょう。
なぜコメ農家は需要側の要求を無視した生産を続けていられるのか、という点も考えてみると面白そうです。



2013/10/15

TPP反対派とMA米

たまたまこんなツイートが目に入りました。

私は決して積極的なTPP推進派ではないのですが、このツイートには気になる部分がありました。

まず、ミニマムアクセス(MA)米についての解釈が私のそれとはだいぶ異なっていることでしょうか。
ちなみに、ウィキペディア

MAはあくまで枠を満たすまで関税をかけないことを課すもので、輸入・買付を義務付けたものではありません。
にもかかわらず、国が主体となって率先して輸入するのは、むしろ国内農家の保護のためと私は捉えています。

つまり、ほっといたら民間が好き勝手に国内産と競合する主食向けにも使えるコメをどんどん引っ張って来るだろうから、国が先手を打ってわざと主食用としては品位の劣る魅力の乏しいコメでもって枠を埋めてしまっているという感じで、MAの取り決めにより要らないコメを無理やり買わされているというのではないでしょう。

ただ、枠の全部を国が独占するとやりすぎというか、実需者・消費者を無視しすぎということか、MA枠の一部の10万トンに限り、民間業者が好きなものを輸入できるSBS枠が設けられています。
SBS入札はトレサ法施行直後や国際価格の高騰時を除き盛況で、このことが示すように決して外国産米の需要がないわけではありません。
もし上記ツイートにあるように外国産米の需要がないというのであれば、TPP反対派の方々が主張するような「TPPで外国産米が入ってきたら日本の稲作は終わってしまう」という状況は起こらないはずですし。
しかし、実際はコメ以外の食材を見てもコスパから外国産のものが多く選択されています。加工食品ならなおのことでしょう。先日も、イオングループで販売されたおにぎり等の原料米の原産国偽装事件がありましたが、MA枠がすべて民間に解放されるなら恐らく安価なPBなどは外国産米が当たり前にすらなるでしょう。

いずれにしろ、MA米の枠いっぱいまで国が輸入していることで最も恩恵を受けているのは、日本の稲作農家ではなかろうか、ということです。

ところで、日本共産党なんかは「義務的輸入の中止」を主張しています。「本来、輸入は義務ではなく、“輸入したい人にはその機会を提供せよ”というものにすぎません」というのはその通りなんですが、しかし国による枠の独占を中止し民間へ開放する方が稲作農家には厳しい状況となりませんかね?

まあ、それ以前にMAなんてのが無ければ済んだ話なんですが。

2013/10/11

「無農薬」と「やりっ放し」

通りすがりに目にした光景。


ひどく荒れてますが耕作放棄地ではありません。


ここまで雑草に埋もれていれば、味も推して知るべしかと。養分は奪われ実りは貧弱、雑草の種など異物の多数混入も避けられないはず。


上の写真はウンカにやられたのでしょうか?今年はあちこちでウンカの被害を聞きますので、仕方ない部分はあるかもしれませんが、そうでなくても結構倒してますね。


刈ったとしても、小石だらけでしょう。なによりも倒伏は芽腐れ、茶米、胴割れを発生させ、そうでなくても不衛生です。いくら籾で覆われているといっても。

まあ、恐らくこのようなコメは親戚に配ったり、職場の同僚に売ったりするのでしょうが、砂を噛んでるようなコメを消費しなければならない側には迷惑な話です。

兼業農家や超高齢農家の「無農薬」の中には、ときどきタチが悪いものがあります。単に杜撰であったり、力量不足、やりっ放しなだけなのを、「無農薬」と称しているケースは少なくありません。無農薬で「食べるに耐える」コメを作るのに意味があるのであって、これなら作らないほうがまし?
「うちは無農薬だから・・」と、カメムシの多さや食味の劣りの言い訳にしていたり。周りの親戚・同僚も「そんなものなのか・・・?」と疑問に思いつつも、うやむやに誤魔化されている。
日本人はコメの味にうるさいとか敏感とかいうのは、神話や思い込みに過ぎないのだなと感じます。

まあ、でもこんな田んぼはまた違った事情も想起させます。
たとえば、コメには興味なくても田んぼのままならば農地扱いされていろいろ有利なんだろうなあ。
あとは、販売農家であれば経営安定所得対策の直接支払いで10aにつき1万5千円もらえるんだよなあ、とか。
この制度の目的には、「農業経営の安定と国内生産の確保」とあるんですが。

2013/05/17

全農の24年産米概算金値上は集荷増に効果あったのか?

1ヶ月前のちょっと古い記事ですが。
全農は今年も同じことやるのでは?という噂もちらほらあるので。

全農のコメ集荷量3.1%増、7年ぶり前年上回る :日本経済新聞

昨年に全農が実施した集荷テコ入れは、熱心に農家へ顔を出して出荷を頼んだり、集落営農のキーパーソンを狙ったネゴなどの地道な行動も含まれると思います。
が、このテコ入れの目玉は、やはり概算金の大幅な値上げでしょう。
その結果、24年産米の全農取扱量が前年比3.1%増の276万3000トン、JAグループ全体では前年比1.9%増の367万2000トンとのこと。
記事には、この結果について肯定的な全農幹部の言葉が載っています。
 商社や民間集荷業者との競争が激しく、全農単独目標の300万トンには届かなかったが、集荷てこ入れで「長期低落に歯止めがかかった」(全農幹部)と強調。

しかし、あれだけの無茶な概算金値上げにも関わらず目標300万トンには程遠く、傍から見てこれでは失敗でしょう。
この微妙な増加すらも、補助金たっぷりの新規需要米のおかげで、実は主食用は・・・という見方もあります。

いくら衰退したと言っても全生産量の半分近くはJAグループが取り扱っており、その動きが与える影響は大きいです。
概算金の大幅値上げは、流通、加工、飲食業、最終的には消費者全般と、農民以外の国民全体をカバーする相当な広範囲に悪影響を及ぼしました。
国民生活に大きな犠牲を強いておきながらも、目標達成は失敗。全農は自分たちがかけた迷惑について全く自覚できていないようです。さらに本年度も同じことを繰り返そうとしているとすれば、単なる幼稚な甘えといって過言ではないでしょう。
現在、概算金に起因する高値ゆえ、流通での動きがひどく鈍っています。卸売業者などは高く買わされた在庫についても、ダンピングしてでも捌かなくてはならず、値崩れがおきています。これをかぶるのは中間流通業者。全農は後のことなど知らん顔。
実需の現場からは早期の関税撤廃を含むフェアな流通を待望する声がでるのも当然でしょう。


そもそも、概算金が上がれば農協の集荷率が上がるのか疑問です。

農協に出さずに業者や消費者に販売する場合、価格の設定は二通りあります。
一つは概算金や相場とは関係なしに毎年決まった価格で取引するやり方。
もう一つは概算金を基準にプラスアルファするやり方。

前者は生産者と買手の結び付きが比較的強い場合が多い。生産者の技術もそこそこにあり、安定した品質と量の供給が期待できる場合にはこういう付き合い方もできる。
またこういうコメは、一般消費者向け直売であったり、業務用であっても品質を価格より重視するちょっとこだわった店舗などへ向けられます。
難しいのは、年によっては相場と大きくかけ離れること。生産者から消費者までが一貫して相場とは関係ない値ごろ観を共有していることが必要。途中で誰かが、相場と比較して高いとか安いなどを言い出したら成り立ちません。
この手の価格設定は、そもそも良い時も悪い時も安定した価格での取引を継続することで相場のリスクを消すのが目的です。概算金が上がったからと言って、いきなり農協委託に切り替えということはあまりないはずです。もちろん、一部には目先につられて高い方へ流す生産者もいるとは思いますが。

後者の場合、概算金が上がれば民間業者への販売価格もそれにつられて上がるだけで、概算金が民間業者の買取価格を大きく上回ることはない。別に農協への委託が有利になるわけでもないのです。


わたくしは以上のように考え、概算金の値上げは集荷増に大して効果がないだろうと見ます。
一方、アンフェアな方法による米価の上昇はコメ流通の停滞や消費の低迷をもたらすでしょう。

本当に集荷率を上げたいのならば、生産者との関係の強化、職員の資質の向上、魅力的な企画などにより、生産者がJAへ委託することのメリットを自発的に感じることが必要かと。

さらに、JA取扱量へ影響するのは生産者側の意識、行動だけではありません。
買う側つまり卸売、小売、実需者からみて、JA、全農を通すことに強いメリットがなければダメでしょう。
むしろ見落とされているこっちがポイントかも?

2012/11/29

コメ高騰は全農の概算金引き上げが要因とする報道に、全農・全中が反論

8月の投稿で、JA概算金の設定に影響されて新米相場が高騰していることを書きました。
当時はまだ早期米の季節であり、一般米が登場するころには相対価格の大幅な修正もあるかもと淡い期待をしておりましたが、依然高値がつづいた状態です。まあ今でも、概算金そのままでも、あと1,500円くらいならJA相対価格も下げる余裕があるのと思ってます。

しかし全国作況指数102の発表にもかかわらず高騰がつづき、ついに一般紙も農協の概算金設定が高騰をもたらしていることを報じるようになりました。代表例は読売新聞の11月5日の社説「豊作でも高値 矛盾だらけのコメ政策見直せ」でしょう。消費者軽視の農協の理論、消費者ニーズに沿う努力の不足、飼料用米への補助金の太さなどが上手く指摘されています。

ところが11月20日に全中と全農が連名でこのような新聞報道に対する反論を行っています。

 「豊作にもかかわらず米価が高いのは全農の概算金引き上げに要因があるとする一部報道について」 

 
この反論では「全農の概算金の引き上げや集荷拡大が原因であるとの報道」は誤解を招くとして三点を主張しています。


  1. 端境期に需給がひっ迫し、そのため業者の価格水準が上昇し、概算金はそれに合わせたにすぎない。
  2. 報道されている米価は、全価格帯の加重平均。高価格帯の上昇はわずかだが業務用低価格帯の需給がひっ迫し上昇が大きい。低価格帯がひっ迫したのは「政府備蓄米の運営が、新米を買い入れ、古米を売り渡す回転備蓄方式から、買い入れた米を一定期間保管後、飼料用等に販売する棚上備蓄方式に移行したことにより、政府備蓄米が主食用に売却されなくなったことも要因の1つ」。
  3. 東北、北陸での猛暑による被害がある。精米歩留の低下が懸念されている。

三点についての感想です。
  1. 端境期の記憶を辿ってみると・・・。
    春から夏にかけて、確かに動いているコメが少なかったです。卸売りの営業も、顔は出しても「売るものがない」とぼやくばかり。ただ、今になって見ると23年産も無かったわけではない。農家から末端の米屋まで、なんだかんだいって少しずつ在庫してたみたいですね。実際、口では「無い、無い」と言ってもパニックは起こらなかった。
    むしろ、南九州から始まる早期米の概算金が軒並み高かったことがショックでした。当然、JA相対価格も、予想だにしなかった強気の値段。民間集荷業者もJA概算金が高すぎて様子見。
    米屋の現場からは、概算金設定 → 高騰という順番にみえましたね。
  2. 低価格帯ひっ迫の理由として挙げられている棚上備蓄。なんか政策が悪いような口ぶりですが、もともと回転備蓄から、隠れた価格支持政策といえる棚上備蓄への変更は生産者側が望んで実現させたのではなかったか?例えばこの記事(棚上げ備蓄で米価が上がる | コラム | JAcom)。
    また、低価格帯の不足は、上記の読売社説でも示されている飼料用米への補助金の太さが大きく影響しているといわれています。農政の責任といえばそうですが、これも生産者側としては望んでいた政策ではなかったか?
    最大の理由は、「消費者のニーズを満足させたい」という意識が生産者側に希薄であることではないでしょうか。消費者は生産者にとって都合のいいもの、生産者が作りたいものを食べてればいいのだ、という驕りがないでしょうか?
    自分たちは消費者のニーズを無視する一方で、その捨て置かれた消費者ニーズを満たすだろう米が消費者に届くことは、政治的圧力で阻止する。どうも最近、TPPに反対する農業関係者の姿がこんな感じに見えてしまって・・・。
  3. まず、高いのは玄米価格です。精米価格も高いですが、精米業者は原料の上昇分を充分転嫁できていません。歩留が悪いから商品価格を上げているという意味なら、全くのお門違いでしょう。
    もしかしたら、歩留が悪そうだから、精米の出来上がりが少なくなりそうだから、必要な玄米量を多めに見積もってひっ迫しているというのでしょうか?だとすると、なんか、ひとごとみたいですね。
ついでに確認しておきたいのが今年4月のこの記事です


集荷量減少に危機感をもち、24年産は具体的な数値目標を設定して臨んでいたことがわかります。
23年産は266万トンであった連合会出荷米を300万トンに、JA直売まで含めた集荷を23年の356万トンから400万トンにすることを目指すと。
具体策として、機動性に欠く現在の共同計算のやり方を見直すなどありますが、今年の各地での集荷に間に合ったのでしょうか?
他に有効な策がないままで、300万トンを実現しようとすれば、やっぱり力技にならざるをえないのでは?
しかし、この記事も、また今年の概算金の騒動も、「集荷すればどうにかなる」という雰囲気を全農さんから感じるのですが、やっぱり現場では高ければ米は動かないのです。
そもそも全農集荷量が減ったのは、委託する農家が減っただけでなく、全農玉に魅力を感じない買い手が増えたからでしょう。

2012/09/10

「平成のコメ騒動」の思い出

仕事柄、私は毎日、お米に触れています。
玄米を見て、搗精して、食べてみて、生産者や同業者から話を聞き、各種資料や発表に目をとおし、アマゾンで関連書籍をチェックして・・・。お米への興味は尽きません。
かといって、「日本食バンザイ!パンはダメ!ファストフード嫌い!何が何でも日本の農村を守れ!」というタイプでは決してありませんし、なりたくありません。
むしろ、食育やら日本的食生活の推進やら限界集落の再生やらに熱心な方々からすると、ずいぶんと冷めてみえることでしょう。あるいは「米屋としての責務を心得てない」と映るかもしれません。

しかし、このような当事者たちも自分たちが何をしているのやらよくわからずに踊っているような活動からは、ちょっと引いているくらいがプロの米屋として正しいスタンスだと私は思っています。いくらお米が好きでも「目がない」までになっては具合が悪い。また、お客さんにとって無意味な思い入れを押し出すことも邪魔になるでしょう。
コメ原理主義的な姿勢では、コメがファストフードやパン、麺に負けている部分も見えてこないでしょう。
そして、大げさなことを言って消費者を脅したり、怪しげな健康法や思想を商売に利用するために軽率に紹介することは許されるべきではない。
そう思っています。

そんな私が、まったくコメに関わりなく、知識もなければ興味もなく、品質も味もよく判らない小僧だった頃です。でも、この時の記憶が米屋としての考え方に影響していると思います。
平成のコメ騒動が起こった1993年、当時の私はまさか自分が米屋になるなんて思いもしない学生で、一人暮らしをしておりました。
食事は自炊と外食が3:7くらい。本当は自炊メインにするつもりだったのですが、結局は外食の割合が増えていました。
そして生じたコメ騒動。テレビでは国産米の高騰のみならず、タイ米とのブレンドを買わざるを得なくなることや、飲食店でもタイ米が使われること、そしてそのタイ米が美味くないこと!が語られます。ついでにヤミ米の話やら、なぜかお米を売る城南電機の宮路社長やらもテレビに登場して、コメの世界や農政を全く知らない人間にとってはカオスでした。

それまでの私は日本人の常識(?)にとらわれており、外食中心ではありましたが、1日1回も白飯を食べないで過ごすなんてあり得ないと思ってました。
そこに起こったこの騒動。白飯が食べられないのは困る、しかし「不味い」だの「不衛生」だのとテレビで散々脅され偏見に囚われていた私はタイ米を食べるのも気がすすまない。
で、結局その騒動の間、お米を買うこともなく、外食でもなるべくは白飯を食べず、ほとんどはファストフード、パン類、麺類でなんとなく過ごしてしまいました。

結果、よーく判ったのは「しばらくコメを食わなくてもなんてことない、他の選択肢はいっぱいある」ということ。
おそらく、この騒動で私と同じような悟りに至った人も少なくないのでは?
こういう経験は、各人のコメ離れの傾向にボディーブローのような効き目があっただろうと思います。

生産者サイドの一方的な都合によるコメ高騰を迎えている今秋、そんなことを思い出します。
今は1993年と比較して、外国産米への理解は進み抵抗はなくなっています。コメ以外の炭水化物で食事を終わらせることも当たり前の習慣となっています。
おそらく、今年の高騰は消費量だけでなく、気持ちの上でもコメ離れをもたらすのではないでしょうか。

2012/09/05

24年産新米スタート

平成24年産早期米の価格について先日投稿しましたが、その続きです。

うちの地元県内でも、早期米ではない通常のコシヒカリの刈り取りが始まり、9月の中旬には玄米の出荷スタートします。で、先日JA県連の組合長会議、全農と卸売各社との会議が相次いで開かれ価格が決定した模様です。
「やはり!」というべきか「なんと!」というべきか・・・。きちんとした見積もりはまだ受け取ってないのですが、人づてに聞いた話では、早期米と同じく昨年比2,000円のアップです。
白米にしてkgあたりの原価40円近く高くなっています。もし業務用取引先に対しての値上げ要求が受け入れられなければ、場合によっては原価割れ。
もしかしたら今年は取引先、業態など根本から見直さなければならないかもしれません。まあ、いずれはそういう時が来るわけで、これがいいきっかけかもしれませんが・・・。

しかし、私の周りでは、この価格が1年を通して続くと思っている人は少ないようです。
まず、この価格が需要と供給を反映したものではなく、JAが集荷率を上げるために農家への概算金を高く設定した結果であること。24年産の作柄は、ほとんどの地域が「平年並み」か「やや良」に含まれる見通しで、そのうえ過剰作付けもあり、数量的には余るのは必至でしょう。当初は飛び抜けて上昇した関東地方某県の概算金も、バランスを取るようにじりじりと下げてきているようですし。
業者もバカ高い24年産にあせって手を出すこともしないでしょう。にぶい動きに、仕方なくズルズルと値下げの価格改定が連続するのでは、と思われます。
(海外の干ばつの影響、他の食糧の高騰の影響がどこまであるか、など気になることはいろいろとありますが・・・。)

8月、近所のスーパーで宮崎コシヒカリ新米が5㎏2,380円で販売されていました。玄米の価格からすれば、そうならざるを得ない価格ですが、スーパーの目玉商品としてはちょっと高いな、という印象でした。その商品をスーパーに卸している業者の人から聞いたところ、全然売れないとのことでした。
ところが、9月に入ってその業者の配送トラックがたまたまうちに寄った時のこと。荷台を覗くと宮崎コシヒカリがたんまり積まれています。聞くと「値段を下げたら、バンバン売れてる」とのこと。
5kg1,990円と当初から390円の値下げ。原価割れではないけれど、搗精、配送のコストを考えると・・・ですね。9月に入り、もうじき普通の新米が出回り始めるわけですから、その前にシーズン物の宮崎コシヒカリは捌いてしまわなければならないから仕方ありません。
この業者も、自社が仕入れた値段に見合う価格設定をしたのでは売れないことはわかっていたし、こんなバカ高い米は仕入たくもなかったみたいですが、いろんなしがらみから引き受けざるを得なかったようです。
後味悪い早場米ですが、宮崎の生産者やJAは消費地の状況をどう思っているのでしょうか?まさか、「自分らは高値で売り切ってしまえばOK」ってことはないと思いますが。

2012/08/25

節米

去年に続き電力不足が懸念された夏でした。
原発の問題だけでなく、以前から「節電」の必要性は人々に認識されていました。エアコンの設定温度、LED電球や省エネ家電の使用、グリーンカーテン、クール(ウォーム)ビズ・・・等々さまざまな方法で実践されてます。

今年の夏、私は「節電」だけでなく、コメを節約する「節米」も必要なんじゃないか、なんて考えながら過ごしていました。
原発への依存度がもとから低い地方で暮らしていることもあり、電力の供給についてはそれほど切迫したものを感じずにすんだのですが、その代わりコメの供給に対しての不安は消えることがありませんでした。

この「節米」という言葉、適当に思い浮かんだ言葉だったのですが、ネットで検索してみると、国語辞典にも載っている言葉のようです。またこちらのブログには「節米器」なる道具が紹介されています。戦時下には当たり前のように節米が奨励されており、雑誌で節米の方法が指導されたり、地方によっては米の代わりに「ほうとう」を食べることが奨励されたり、また駅弁の包み紙までもが節米を説いていたようです。

しかしまあ、23年秋の収穫、在庫、消費量からしてもっと余裕があってもいいはずなのに、なぜかずっとタイトな感じ、卸売業者も売るコメがないという手持無沙汰な状態がつづきました。
産地か流通段階のどこかに隠されているのではないか?しかし、隠されていたならそろそろ出なきゃおかしい時期になっても、まだ出てこない。ならば、そもそも生産量の推計が間違っていたのではないか?あるいはまさか消費者や小売には必要な量が既に行き渡っているのか?
23年産の不足の原因についてはいろいろな説が考えられていますが、ハッキリしない。事実はどうであったのか不明なまま、24年産の新米時期となりました。真相は迷宮入りしそうです。

このように、米屋はヤキモキしたり、不安を感じながら過ごしてきたわけですが、最終的にそのお米を消費する一般家庭の皆さん、飲食店さん、弁当屋さん等には、なかなかその辺の危機感が伝わっておりませんでした。


まず、23年産の不足原因の一つとして挙げられていたのが、消費者の買いだめです。
放射性物質による汚染の不安から23年の夏には22年産が、秋以降はコメ不足の不安や災害対策用としてかなりの量を買いだめする消費者がいたと聞きます。しかし中には適切に保管されずに虫やカビを発生させ、廃棄されたコメがかなりあるという推理です。


また、業務用で発生する無駄。
飲食店・弁当店などは仕事でやってるわけですから、滅多なことでは炊飯量を減らすわけにはいきません。
お米というのは、食べられるご飯の状態にするのに時間がかかるわけで、お店はあらかじめ炊飯しておかなければなりません。
大抵のお店ではお客様の注文に対して不足しないように炊飯するわけでして、閉店時にご飯が余っているほどに用意されることになります。
余ったご飯は、スタッフのまかない飯にするか、あるいは冷凍保存して焼き飯に使うなどで無駄は減らせるでしょう。しかし、白飯で提供する場合は余った分を翌日に回すのは避けたいところで(なかには一日くらいジャーで保存したり、一晩冷蔵保存されたご飯をチンしたりするお店もあるようですが、衛生・安全の観点や食味の観点から避けていただきたいです。)、基本的には廃棄されていると思われます。

以前読んだ本「日本残酷物語〈5〉近代の暗黒 (平凡社ライブラリー)」に「残飯屋」という商売が描かれていました。残飯を仕入れて、それを貧しい人たちに安価で提供する飯屋が登場します。当時のような不衛生なやり方では論外でありますが、衛生管理がしっかりしていれば余り飯を残飯にせず安価な食材として使用することも可能性としてはありでしょう。食糧危機の到来を予想する人たちもいますし。
そうでなくても現在もエコフィードなどの利用方法もありますね。

ところで、最近の日本人のコメ消費量の平均は1人1年間で1俵を下回るといわれています。しかし、少なからぬ残飯が発生する外食・中食の利用割合が増えていることを考慮すれば、実際に食べている量はもっと少ないのではないか、そして食べられずに廃棄されているコメは相当あるのではないかと思えます。

この数年、コメ余りでダブダブというのが当たり前の状態が続いていましたが、311あたりから風向きが変わったという印象があります。ただ、実際にモノが不足しているかどうかは大いに疑問ですが、円滑な流通とは言えないのは確かです。滞りが発生する歪があり、円滑な流通を阻害する原因となっているのではないでしょうか。
この歪をなくすことが食糧安全保障にも海外のコメとの競合にも必要だと思うのですが。どうも、世間的には無邪気にこの歪をつくり育てる方向に向かっているのではないかと、そんな感じがしています。

2012/08/22

平成24年産早期米価格におもう

8月も下旬に入り、24年産の早期米もだいぶ揃ってきました。
でも、ハッキリ言って高いのです。高すぎて私の周辺では卸売も小売もしらけてしまっています。
震災の影響から高騰した昨年よりもさらに、1俵あたり\2,000~\2,500高い値段が提示されています。白米での原価にすると(1俵=54kgの歩留で)、1kgあたり\37~\46の上昇となります。

昨年よりコメの先物が始まっていることから、「このようなコメの価格も需給を反映した結果だろう」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それは違います。
現時点では実際、コメの相場というものは全農が鉛筆なめなめ一方的に決めた価格に縛られてしまっています。とくにこのハシリの時期の価格は全農の言い値でほぼ決まりでしょう。JA以外のルートで出荷される場合でも、集荷業者も生産者もJAの決めた概算金(生産者に支払うとりあえずの内金)の水準に引きずられざるを得ないわけです。
では何故、豊作が予想されるうえに輸入米の存在感も気になる今年、全農はこのような高い値段をつけてきたのでしょうか。全農の集荷率はこのところ低迷しています。とくに昨年は全農から卸売へ販売されるコメさえも不足感が強くありました。そこで概算金を高めにすることで農家からの集荷を強化しようというわけです。

ところで、よく勘違いされること。このような高騰時には私らのような流通業者は儲かっているのだろうと誤解する人がいます。まったく冗談じゃない話で、卸売・小売業者は上昇分をそのまま販売価格にスライド転嫁できれば御の字で、ほとんどは価格転嫁しきれずに卸売・小売がかぶるわけです。日本のコメ流通では、この局面でニヤニヤしているのは生産者サイドだけです。

ついでに、これも勘違いしている人がときどきいるのですが、農家は流通業者に搾取されているという誤解。昔話の小作農のイメージが強いのでしょうか、あるいはフェアトレードコーヒーなどで語られる農産物の世界のイメージを日本のコメ業界にまで投影しているのでしょうか。こういう感覚でいる人によって、安易に6次産業化やら、米粉ビジネスやらの物語が語られていることもあろうかと思うと、ちょっと不安です。他の作物はどうか知りませんが、日本のコメ農家は西アフリカのカカオ農園の労働者やタイのコメ農家とは違います。JAや機械、資材の販売業者等はどうだか知りませんが、少なくとも流通業者が農家にたかるようなことはありません。

閑話休題。24年産の価格上昇にもどります。
確かに23年産はさまざまな段階での買占め、出し惜しみにより、1年間つねにコメが足りない感覚がありました。全農への集荷率が低かったため、どこへ行ったのか把握できないコメが多かったことも原因の一つだとは思います。実際、7月の時点で数百袋の在庫を倉庫に抱えていた農家も知ってます。現状では確かに、全農の集荷率が上がれば、コメの所在が把握しやすくなり、供給への不安が和らぐだろうと思います。

でも、私は、昨年に続くこの価格上昇が、コメ離れ、国産米離れを加速させることを危惧します。
たしかに10年以上前の水準と比べれば、今の価格も決して高いものではありません。しかし、消費者、とくに業務用の現場はここ数年の水準に慣れ切っています。というより、その水準で採算合わせるつもりなところも多いわけです。

一方、昨年の高騰からの流れで外国産米に対する抵抗も薄れているようです。西友での中国産米の販売や、松屋などの大手外食による外国産米使用で、一般消費者も偏見が弱まったと思います(米トレサ法による原産地表示の義務化も国内コメ関係者にとっては裏目、むしろ外国産米のアピールの場になってしまった気がします。)。実需者からのSBS枠の拡大への要求も高まっています。

となると、コスト重視の外食中食は、お高くとまった国産米に見切りをつけてくるでしょう。実際、カリフォルニア米を使用し始めた弁当工場は、品質には不満がある(クレームも出ているらしい)けど価格から背に腹は代えられないという感じです。今後、お客さんの舌も慣れて「これでいいや」と一度なってしまえば、よほど価格差が縮まらない限り元の国産米に戻ることはないでしょう。

こう思うと、JAやコメ農家の考えていることがよく判らないのです。ずいぶん呑気にも見えるし、あるいは目先に振り回されているようにも見えるし。今後、どのように海外のコメ生産者と競合していくつもりなのか読めないのです。また、彼ら日本のコメ農家に食糧安全保障を任せても大丈夫なのか!?と心配になります。

業務用の低価格帯は自分には関係ないと考えている農家もいるでしょう。自分たちが売るのは、付加価値の高いコメで、輸入米とはターゲットが違うというのでしょう。海外の富裕層に向けて販売すれば大丈夫だというのでしょうか。
それとも、あくまでもコメの鎖国政策は堅持させる自信があるのでしょうか。
それとも、食糧危機により現在の日本のコメの価格の水準が国際的にも決して高くない位置になる、とみているのでしょうか。

2012/04/19

【書籍】『コメ自由化はおやめなさい カリフォルニア日系農民からの忠告』(ネスコ)鯨岡辰馬


この本が出版されたのは1990年、GATTのウルグアイラウンドの頃です。タイトルにある「コメ自由化」とは、当時ウルグアイラウンドでアメリカ等から要求されていたコメ関税化のこと。今話題のTPPによる関税撤廃の話ではありません。
当時はまだ食糧法の時代。コメは政府がいったん買い上げてから、民間業者へ売り渡されるという流通ルートが原則でした。基本的にコメの輸入はなく、ミニマムアクセス米という言葉すらありませんでした。
その後、1993年の凶作によるコメ騒動、タイ米騒動、食管法廃止と食糧法への移行、関税化免除の代償としてミニマム・アクセス枠の設定、その後結局は関税化受け入れ、といったコメ業界の転換期がおとずれます。
これは、それよりちょっと前の時代の本です。

著者はカリフォルニア州にある国府田農場で長年にわたり支配人をしていた方です。
国府田農場で生産、販売されている「国宝ローズ」というお米は、在米邦人にはポピュラーな存在のようです。私も名前だけは聞いたことがありました(まだ食べたことはありませんが)。
最近は国宝ローズのライバルとして、同じくカリフォルニアで栽培される短粒種の「田牧米」というブランドも登場し人気が出ているようです。

さて、本書の内容ですが、
第1章「コメの貿易自由化に疑問あり」でコメ自由化反対の主張、
第2章「日本の移民がコメを作ってきた」で国府田農場の歴史、筆者の経歴、
第3章「カリフォルニアのコメ作り」で現地での栽培方法のあらましなど
と構成されています。

「自由化はおやめなさい」の理由

第2章、第3章も面白いのですが、ここでは第1章だけ紹介します。

当時のアメリカが日本にコメ市場の開放を迫る理由について、筆者はつぎのように分析します。
アメリカのコメは輸出商品であり、世界市場の動きに反応しながら生産を続伸させてきた結果、コメあまりの状況になった・・・・・・。
その時期にちょうど、お得意先の東南アジアで自給自足体制がととのい、さらに値段の安いタイ米が出回り、世界市場を蚕食された・・・・・・。
アメリカはやむを得ず国際価格に合わせてダンピングし、生産調整のために減反政策をとった・・・・・・。
そこで補助金など財政支出が増加し、新しい市場の開拓に迫られた・・・・・・。(p.43)

そして、自由化論者の主張する自由化のメリットに疑問を呈します。
・・はたしてコメ自由化論者のいうように「安くておいしい米」が安定供給されるのだろうか・・ (p.44)
つづいて、この疑問について検証されていきます。
要約すると、
  • 「日本人の口に合うコメ」という条件には、ミシシッピー川周辺の南部のコメでは話にならない。カリフォルニア米に限定される。
  • カリフォルニアは水事情がわるく、安定供給はむずかしいだろう。
  • アメリカ製の輸入缶ビールも、日本国内ではアメリカよりもかなり高い価格で販売されている。輸送コストや流通マージンのためだ。カリフォルニア米が日本で販売されるときも、そう安くはならないだろう。
  • アメリカ国内でのコメ価格は日本国内の値動きと比べて激しく上下し安定しない(当時は食管法の時代で、日本国内には政府による強力な米価支持があった)。
  • アメリカのコメ農家はコメについての知識に乏しく、品種に対する感覚も日本人からすると信じられない位に適当。
  • 文化の違いもあり、アメリカ人は日本人のようにコメのデリケートな味の差を区別しない。
そして、
やがては、日本人はまずいコメを高い値段で押しつけられるのではないか。私は、そんな気がするのです。(p.65)
と、危惧しています。

出版から20年以上が経った現在、状況もすこし変わりました。
海外でもコシヒカリやあきたこまちなどの品種が栽培されるようになったり、消費者の舌も他国の食文化を楽しめるほどに成熟したり、当時よりもさらに円高が進んだり、日本の輸出産業はかつての勢いを失い、貿易摩擦が話題になることもなくなり、国際的な相場にくらべれば安定しているとはいえ国内の米価もかなり上下するようになったり・・・。
ここで語られている「自由化するべきでない理由」も、現在では意味が薄くなっているものも一部あると感じられます。
しかし今も変わらず重要なのは、食糧安全保障の観点です。海外にすっかり依存してしまうなら、それこそ「まずいコメを高い値段で押しつけられる」おそれがあります。石油もそうですが、ライフラインに関して売り手の言い値をのまざるを得ないのはつらいことです。

前原誠司氏が1988年に書いた報告書

1章の締めくくりとして、筆者の上記主張に対する批判が2つほど紹介され、それらへの再反論が展開されます。
その批判のひとつのが、
【松下政経塾第八期生編集・発行『海外研修報告署 - 日米摩擦の本質を探る』88年、「アメリカからの検証 - 牛肉・オレンジ交渉に学ぶコメの自由化問題」前原誠司】
このレポートに対する鯨岡氏の不満は、FRCやRGAといった精米業者を農協のような存在と前原氏が誤認している点や、業者への一面的な取材だけで彼らの誤った発言をそのまま材料としている点などです。
しかし、報告書自体については、
この報告書は、なかなかよくまとめられていて、それなりに読みごたえのあるものでした。筆者は若い人だと思いますが、分析も鋭く展開も巧みで、私など及ぶべくもなく、大いに敬意を表したいと思います。これが非売品で一般の目に触れにくいのが残念です。(p.85)
と、高く評価しています。

また、報告書を引用しながら、こう紹介しています。
・・・報告書はこのあと、「ワシントンでの動き」「今後のアメリカの戦略」「日本のとるべき道」と展開していますが、終章で筆者は、主観的で短絡的だとの批判を受けるかもしれないがと断りつつ、
〈・・・私の立場は、国土保全、食糧安保、そしてコメの持つ文化的な要因から、日本のコメ生産者には生き残ってもらいたいというものだ。・・・〉
と、心情を述べています。完全自由化で日本のコメ農家が生き残れるかどうか疑問であるから、少しの輸入枠を設けて「皮を切らせて肉をたつ」(原文まま)のが望ましい方法だ、日本は自国の立場を正々堂々と主張すべきだ、という結論には、多少の検討の余地をのこしながらも、私は拍手を送りたいと思います。(p.95)
それから20数年が経って、この報告書の作成者は「もちろん、われわれも農業は大事だと思ってますが、TPPに入ろうが入るまいが、日本の農業はもはや曲がり角なんです。」 という心情に達するのです。

2012/04/14

消費者委員会が議論するお米の表示・・・

内閣府消費者委員会の食品表示部会では「未検査米の品種・産年表示義務化」と「砕米・ふるい下米の混入率の表示義務化」が議論されています。3月28日の第17回会合を報じる業界紙によると「砕米」の混入割合については表示義務付けの方向になりそうだが、その他は見送られる雰囲気だと伝えられています。

今のところ第17回会合の議事録はアップされておらず、詳細はわからないのですが、その前の回、2月20日の第16回会合の議事録がアップされてました。

想像していたとおりで、どうも話が噛み合っていません。
途中、委員の一人からはこんな発言もでるくらい。
要するに、何を議論してほしいかがわからないのです。現状がどうなっていると言われても、今、調べた段階ではこうですということを我々に漠然と言われても、これは全体の表示の中で私がどれだけ重みづけて言うべきなのか、そういうことがわからない。今後はそういうことも含めて検討されるのですか。(鬼武委員)

また、米業界の片隅に身を置く一人として、普段は全農に対していろいろ思うところもある私ですが、今回ばかりは全農代表委員からの発言が至極まっとうに感じられてしまいました。

ふるい下・砕米

まず、砕米・ふるい下(くず米)の混入についてですが、普通はわざわざ入れることはありません。
そもそも、なんで精米ラインに篩その他の選別機があれほど組み込まれていると思っているのでしょうか?スペースを犠牲にし、清掃の手間が増え、ランニングコストが高くなるにもかかわらず。生産者サイドが選別した玄米をただ精米しただけじゃ商品として出せるシロモノにならないからです。
また、主食用米全体の消費量とくず米・中米の発生量、加工用の需要量等の関係を考慮すれば、中米混入自体が限られた価格帯での特殊なケース(で使えるほどの量しかない)であり、従って消費者保護の観点からもプライオリティの高くないテーマであると思われます。

あえてくず米を混入するケースは、とにかく価格を抑えた業務用かディスカウントストアやドラッグストアで売られている激安品くらいに限られるでしょう。業務用の場合は、相手もプロですから内容と価格のバランスについて納得した上でのことでしょうし、炊飯において食べるお客さんも納得できるレベルに仕上げることでしょう。ディスカウントストアの激安米も、値段なりのものだって普通わかるはずですよね。実在の消費者は消費者団体の方々が想定している(理想としている、あるいは都合のいい?)消費者像よりも賢いと思いますよ。

ただ、もしも虚偽の表示がされているならそれは別の問題ですが。例えばこれ(くず米をコシヒカリに偽装「まずい」と苦情 東京の業者3人逮捕  - MSN産経ニュース)など。謳い文句と内容に矛盾があるケース。一部の委員などはこういう悪質なケースが頻繁に生じていると思いこんでいるのかもしれません。
でもこれはくず米の混入率や3点セットの表示義務化とは別の問題。虚偽表示の問題です。また販売者名として、勝手に実在する米穀業者の名称が無断使用されていたわけで、もう偽ブランド品と同じレベルの事件です。
また上記の事件では、仕入れたディスカウントストアも、当時の新潟コシの相場からみた240円/kgという単価の不自然さや、商品の内容からも疑ってしかるべき、食品販売のプロなら判らないのは恥でしょう。
いくら表示する内容をいじくりまわしても、嘘をつく者は嘘をつく。むしろ、農産物検査などによる第三者の確認なしにさまざまな表示ができるとなれば、こういう連中にさらに嘘をつきやすい環境を与えるだけです。そういう連中を排除する仕組みとか、仕入れる側にもある程度責任を持たせるなど、嘘をつくハードルを高くする必要があると思います。

また、このような質問がありましたが、
○青柳委員 先ほどの迫委員の質問と似ているかもしれませんけれども、資料2のグラフなんですが、砕粒と価格の相関関係なんですけれども、このばらつきを見るとほとんど関係ないという感じなんです。そうなると例えば消費者の方は例えば0%のものと15%のものが同じ価格でずっと並んでおりますが、全くわからない状態で買っているという状況になってくるわけです。それと、こんなに実際に差が出るんですか。そこら辺をお聞きしたいと思っています。
そもそも、低価格米の理由はくず米の混入率だけじゃないでしょう。古米であるとか、未検査米だとか、米自体の食味が悪いとか、見てくれが悪いとか、中途半端に余った米(端米)のブレンドだとか、在庫処分とか・・・。

未検査米の品種・産年表示、複数原料米の詳細の表示

現在、品種と産年を表示できるのは農産物検査を受検したコメに限られています。
ここでの議論のひとつは、農産物検査を受検していないコメについても、産年・品種の表示を義務化するべきか、です。
もうひとつは、複数原料米について、原料玄米の品種・産地・産年の内訳の記載を義務化するべきかという議論です。
これは業界の意見と消費者団体の意見が噛みあいません。
【資料3-4】 産地・品種・産年表示等に関する関係者意見一覧 (PDF形式:170KB)の内容も含めまとめてみました。

表示を義務化するべきだという消費者団体側は、

  • 米トレサ法の伝達を根拠に表示すればいい。
  • そもそも目視検査や生産者の自己申告に基づく農産物検査では根拠とするには弱い。
  • 農産物検査でつけられた等級が精米のJAS表示では消費者にわからない。
  • 「複数原料米 国内産 10割」の表示では消費者の知る権利をまもれない。

3点セット表示は困難だとする業界側は、

  • 農産物検査に代わって内容を担保するものが現状存在しない。米トレサの伝達では担保として不十分で、それを根拠にするならば虚偽表示が横行するだろう。
  • 生産者から提出される書類やその他の状況を加味して行う農産物検査はそれなりに信頼性がある。
  • 複数原料米として販売している商品は内容が都度変わることが多く、表示するのは非現実的。

私の考えです。
まず、米トレサ法の伝達は根拠として十分か?
私は嫌ですね、気味が悪い。
よく知っている生産者から直接買ったとか、まあ間に1人くらい入ったとしても出所がよく判っている場合ならいいのですが。
例えば卸売業者から仕入れた未検査米、袋には何の表示もなく、ただ産地・産年・品種が伝票に書いてある。これはどこの誰が確認したのか?卸売業者もどこぞの集荷業者の伝票に書いてあることを写しただけ。これで、表示を義務付けさせられるのは、気持ち悪いですね。
まあ、販売者が責任持てる範囲でなら「未検査」の旨併記で記載してもいいという程度なら理解できますが、義務化はおかしいでしょう。
また、義務化となった場合、それこそH23年産魚沼コシヒカリに、同じく魚沼コシの中米・規格外を混入させている場合は、「単一原料米 魚沼 コシヒカリ H23」という表示が義務付けられることになるでしょう。

農産物検査について。
農産物検査も大抵は地元のJA職員が行っています。種もみの購入、栽培履歴などの書類だけでなく、実際の田んぼの位置や作業の状況まで丸見えです。また近所の目もありますので、この時点で品種について嘘をつくことは難しいでしょう。
少なくともトレサ法の伝達よりは頼りになります。
会合では次のような発言もありました。

○夏目部会長代理 私は米を栽培している生産者の立場と、皆さんのように米を消費する消費者の立場で見ますと、先ほどたびたびお話が出てきますように、お米を栽培して販売をしていくまでは信用取引だと思います。栽培履歴を私たちは一生懸命書きますけれども、それはあくまでも自主申告でありますし、トレーサビリティの根拠になっているのも自主申告なんです。農薬の使用状況も全部自己申告です。そこでもって、それが信用できないということになりますと、全くそれは取引ができない、生産もできない状況になるというのが、これは生産者の現場で申し上げたいと思います。
勿論、米を栽培するときに全く独立して、自分1人だけが例えば人の介在しないような場所でつくるわけではありません。多くの生産者の中で水田というのはあるわけですから、つまり地域の中ではだれがどの段階で例えば農薬を使い、どこの水田、圃場でどの品質をつくっているかというのは一目瞭然なわけです。そういう中で皆さんは一生懸命つくっているということを御理解いただきたいというのが生産者の立場です。
コストと信頼性を考慮すれば、現時点では農産物検査を唯一の表示の根拠にするのがベストではないかと思います。ただ、農産物検査を行っているのがほとんどJAであり、JAに販売委託しない農家は受検しにくいという状況は改善の余地があるのではないでしょうか。JAに委託しない生産者も受検しやすい環境が必要だと思います。

等級について。
ハッキリ言って、等級は原料玄米を精米に加工する米屋、精米業者のためにあるもので、消費者のためにあるのではないと思っています。
消費者にとっては、商品として手にする精米が食味・鮮度・安全性・価格など諸々の観点から見て納得できるものに仕上がっていることにこそ意味があるわけです。精米業者にとって玄米は商品を作る原材料です(このことはブレンド米はもちろん、単一原料米においてもそうです。)。その使い勝手とか歩留の善し悪しによって原料の価格に差が出るのは当然だし、そのための基準も必要です。
また、農産物検査の等級は外観検査だけだと批判する方々もいますが、外観と食味にはある程度の相関関係があると経験から感じてます。そもそも、外観に問題が生じているということは、何らかの問題(栽培技術の未熟、管理の懈怠、生育不良、倒伏、害虫の食害、病気など)があったことをほのめかしているわけですから。
ついでに書きますが、精米する立場から見ると1等の基準って結構低いです。ギリギリ1等に引っかかった玄米は、かなりモノが悪いです。同じ1等でも上の方と比べると、物凄く、大きな差があります。1等での上下差があまりにも大きいので、1等よりも上の等級、例えば「特等」なんてあればいいな、と思ってるくらいです。
ただ、山浦委員が発言しているように、白米においても消費者に示す等級のようなものが必要だろうと思います。とくに購入時に現物を目視できないネット等での取り寄せほど、より必要とされるでしょう。その基準設定の際に考慮されなければならないポイントは多数あり、くず米、砕米の混入率だけの話ではありません。

複数原料米の内容の表示について
【資料3-4】 で主婦連合会は複数原料米について次のように意見しています。

「複数原料米・国内産・10割」との簡略表示が許されていることにより、国内産であれば古米、古古米、ふるい下米、餌米、加工用米、米粉用米を混入しても無表示で良く、違法にならないのは不合理です。
まず気になったのは、餌米、加工用米、米粉用米を主食用に使うのは単一原料米だろうが複数原料米だろうが違法なのじゃないでしょうか?これは複数原料米の表示の仕方とは別の問題でしょう。
また、より詳しい内容が判らなければ嫌だというのなら、このような表示の商品を避ければいいだけの話だと思います。

全体の感想

文字で読んだ限りでの印象ですが、それぞれが代表して出てきた団体の主張を言い合うばかりで、相手の意見を理解しようとする雰囲気が感じられませんでした。何のために顔を合わせて意見交換しているのか。
また、一部の委員の方々は木を見て森を見ていないのではないか、というのが感想です。はたしてそれが消費者にとって意味があることなのか、利益になることなのか。自分たち団体のプレゼンスを高めるのに、この場を利用しているだけじゃないのか?と邪推したくもなります。

未検査だろうが複数原料米だろうが、とにかく表示をさせろって感覚は理解できません。虚偽表示が頻発することでしょう。表示制度そのものが信頼できなくなってしまいます。

しかし、そもそも3点セットの表示だけでお米を解ろうとする安易な感覚がいつまでも蔓延してるのがおかしなこと。そろそろ、そこを疑ってもいいのじゃないでしょうか。