2014/12/01

平成26年産米の価格について雑感

 記録的ともいわれる今年のコメの価格について、今更でもありますが、感想などを徒然に。

 26年夏の過剰な古米在庫と26年産価格の下落は、昨年来巷間で予想(懸念)されていたままの展開でした。生産者にとっては新米出荷時に初めて下落のショックを受けたのかもしれませんが、流通では既に今春から大量出血しながらの在庫処分が始まっていました。
 情けない話に、一部ワイドショーではコメ価格下落を"明るいニュース"として報じてたものもあったそうで・・・。どうも人は、モノの価格が下がる理由として、何かイノベーションが起こったり、どこかで効率が改善されたり、なんかの影響で資材購入コストが下がった、などを想起しがちなのかもしれません。あるいは、テレビのドキュメンタリー風番組で、大規模で粗放なやり方により1俵数千円でもペイできる稲作なんてのを見て印象に残っている人もいるでしょう。しかし、現実に流通するコメのほとんどは、イノベーションとは縁がないし、急に今年になって効率化が進んだわけじゃない、ご覧の円安のため原油安でも燃料、資材は高止まり。つまり、この度の価格下落は単なる叩き売り、ダンピングでしかありません。
 生産者も流通業者も苦しむばかりの相場崩壊。その原因についてはJA概算金の設定や、農政に求める向きもあるようですが、根本は過剰な生産、過剰な供給だと思います。


概算金


まず、よく聞くのが、JAが概算金を下げたのが悪いという声。
 しかし率直な感想として、需給からは(あくまでも需給からです)今の価格、これこそが現実ではないでしょうか。
 一昨年、昨年とJAはかなり強気な、割高感の強い価格を設定しました。一昨年の独りよがりともいえる価格は消費者離れや業務筋での使用量減を加速させ、昨年の価格はそれよりは下がったものの需給バランスをとるにはまだまだ不足でした。それが販売不振の一因となり今夏の大量在庫を招き、溜まっていた価格下落への力が噴き出したという流れでしょう。
 もしJAが悪いとすれば、一昨年、昨年の強気な価格設定でしょう。
 しかし、そもそもの長期的な米価の下落傾向をJAの責めにする農家もよくいますが、この手の批判にはいささか違和感を感じます。むしろJAの共同販売、JA価格の存在により一般的なコメの価格は実力よりも高く維持されていたのではないでしょうか。大多数の農家はJAのおかげで現実を直視せずに済み、実力よりも過大な価格で販売できていたのでは。
 また、JA価格が全体の下支えとなることで、JAに出荷せずに独自の販売している方々もその恩恵は受けているはずです。もし、JAが存在しなければコメ農家はもっと早くから競争にさらされたことでしょうし、あるいは今頃は既に適正な生産量、生産者数へと淘汰が行われ、価格的にも安定期に入っていたかもしれません。その意味ではJAは罪な存在でしょう。


縁故米


 農家から親戚知人に譲渡されるコメを縁故米と呼びます。広義には職場の同僚などに有償で売られるコメも含まれますが、とくに価格への影響が大きいのは無償譲渡米と呼ばれるものでしょう。無償譲渡米については以前の投稿で紹介した書籍があります。
 
 ちなみに非課税輸入枠のミニマムアクセス米。国内産米価格への悪影響を避けるために、農水省による独占的な国家貿易で輸入されています。その量はSBS米10万トンも含めて76万トン、国内コメ生産量の約1割です。しかるに、先の書籍によれば流通量の1割近くが無償譲渡米、震災直後の報道では3割が縁故米という記事もありました。無償譲渡という究極のダンピング、それが流通の1割もあれば価格に影響しないわけがないでしょう。
 生産者や業者との会話の中で、「今、”担い手”に相当する農家ほど苦しんでいる」という話がよく出ます(たとえばこの記事も。)。能天気に「兼業や年金趣味農家が退場する機会」なんて言ってる人もいますが、トンデモナイ。
 プロ農家、腕のよい農家を支援する体制が整わないうちに起こった、ダンピングの我慢比べが現状です。品質/価格で競争する仕組みに至っていない。
 産業競争力会議等の議論も品質という評価軸は無視され続けてきたように感じますし、そもそも消費者も含め国民のコメの品質を見極めるリテラシーが不足しているのかもしれません(それに乗じるような、売り方ばかりに熱心で腕の方はサッパリという農家が増えているような気もするのですが、それはまた別記事で投稿しようかと思ってます。)。


とまらない過剰な生産


消費の場からは、もうずーっと前より「もう腹いっぱいだ、そんなにコメは食えない」というシグナルが送り続けられてきました。農水省の資料「日本農業新聞」からでも、あるいは一般紙やテレビからでも、生産者がその事実を知る機会は充分にあったはずです。でも、過剰がとまらなかったのは何故か。
 私はこう捉えてます。
 確かに年々生産量は減少しています。ですが、それは上から割り当てられた生産調整と高齢化・後継者不在による自然な減少との結果でしかない。生産者が状況を見極め能動的に動いた結果ではないし、なにより生産者自身が満足できる価格が形成されるまでに供給が絞られたわけじゃない。
 私は、ここがJAの罪だと思います。そして政治の罪。
 つまり、消費者がもう要らないよっていってること、確実に余るってことを知っているくせに、また売り切る自信もないくせに、まるで子供に甘いバカ親のようにJAは生産者がつくったコメをニコニコと引き受ける。
 そのため流通業者と接点の少ない農家は、自分のコメに下されている厳しい評価、現実について実感を持てず、よって真剣に進退を検討することもなく、ただ高齢化などにより二進も三進もいかなくなるまで惰性的につづける。
 そうしてJAの倉庫に生じた過剰なコメは、ダンピングしたり、流通業者にねじ込んだり、あるいは最終的には国に押し付ける。高度成長期に起源するだろうJAや国のこういった姿勢が現在のコメ生産の倦怠をもたらしたのではないでしょうか。
 ちなみに、農家が国の農政が悪いと批判する時は、国がこの甘やかしをやめようとしたことについて文句を言ってる事が多いようです。一方、流通業者や消費側が批判するのは、昭和30年代から始まったこの甘やかしがいまだに存在していることについて。そんなわけで、生産側と消費側がともに農政を批判していても話がかみ合わないことがある。それぞれ逆のことを考えているわけです。


ついでに・・・ 在庫の問題


 「米に関するマンスリーレポート(平成26年11月7日)」(PDF)の51ページによると、来年6月の民間在庫予想は233万トン。1年間の消費量の約3割です。南九州の早場米出荷は7月末に始まるでしょうが、本格的なシーズンまで2~3カ月残しての在庫と考えれば、安全保障の観点からは多いとも思えないかもしれません。でも、業界的にはこの数字は高い水準だといわれます。
 これ、新米が出たら国民みんなが新米を食べようとするからじゃないでしょうか。かつては、まず在庫の古米を食べつくしてから新米を食べ始めたと聞きます。自然なことだし、無駄なくしまつめのよい消費の順番だと思います。この風習は食糧を無駄にしないだけでなく、コメの価格の安定にも寄与するのではないでしょうか。今、みんながみんな新米を食べようとするのは、それが道徳的な気分だけでなく価格的にもハードルが下がっているからでしょう。特に今年のような親不幸相場ではなおさらに。
 つまり、新米購入の価格的ハードルがあまりに低すぎるのも問題では? と感じているのです。シーズン初っ端から新米を食べることは結構贅沢なことなのだ! と認識してもらうために、古米在庫がまだ多い間は新米価格にプレミアムがついてしかるべきではないか、と。古米をダンピングして叩き売るのではなくて。
 しかし、現在の慣習や産地間競争、業務用販売、スーパーやネットを舞台としたリンボーダンスのような価格の潜り合いがある以上、非現実的な夢想だとは解っております・・・。ただ、最低水準価格の業務用米が、10月くらいから新米を使用できるような現状は異常なことだと思います。

2014/08/04

やっぱり浸漬

 炊飯でなにが重要かって、やっぱり浸漬だと思います。
 研いだ後、炊飯開始までしっかりと水に漬けて吸水させる行為。「浸す」と書いて「かす」と読んだりもします。最近つくづく、この工程を軽んじている人が多いと感じてます。
 イマドキの炊飯器は炊きあがり後の蒸らし時間までプログラムに入っているのが普通ですから、浸漬させる工程が余計に面倒くささく見えるのかもしれません。無洗米なら、なおのこと、水加減してスイッチ入れるだけのお手軽さが当前だろ?と考える傾向にあるのかもしれません。
 ただ、美味しく炊飯しようと思うなら、ここは端折ってはならない部分でしょう。デンプンが糊化するには水分と熱が必要ですが、米粒の中心まで水が浸透するのに充分な浸漬時間がないと、中心部が糊化しきれない芯のあるご飯となります。
 また、このようなご飯は短時間で硬化しがちです。「冷めてもおいしいご飯」には、コメ自身の品質だけではなく、きちんとした炊飯も必要というわけです。いやむしろ、充分な浸漬が出来ているかどうかの方が影響大かな、と思ってます。

 で、どれくらいの時間、浸漬が必要なのか。

 よくいわれるのが、「冬場2時間、夏場1時間」。人によっては「冬場1時間、夏場30分」。でも、私の考えは、「夏場でも2時間浸漬したものは美味さが違う」です。
 芯まで吸水させるという観点からは、夏場でも30分では短いと思います。じゃあ、なんで夏場の浸漬は短時間でいいと言われ続けているのか?安全上、衛生上の観点からみれば、夏場にコメが漬けられた栄養たっぷりの水は簡単に腐敗してしまいます。長時間の浸漬はそういう危険があるのです。炊飯から変な臭いがしたり、黄色ないしは茶色っぽかったりするのは、何らかの菌が繁殖していると考えられます(余談ですが、炊飯器の内蓋の裏や蓋の蒸気が抜ける部分も毎回清潔にしましょう!)。
 じゃあ、夏場はきちんと浸漬した美味いご飯は諦めるしかないのか?対策としては、冷蔵庫に入れて浸漬させるということになります(冷蔵庫を使ったからといっても絶対な安全はありません、夏場は腐敗のリスクが高いので五感を活用してご注意ください。)。
 で、浸漬が完了したら、ざるで水をきって、一度かるく流水ですすいでから水加減して炊飯開始すれば理想でしょう。

 まあ、確かに面倒くさい。パンは買ってくればすぐに食べられるし、パスタなども熱湯に入れてから長くても十数分間茹でればOK。それに比べて、何時間も前から準備に取り組まないといけない。コメの消費増を願う米屋からすると、あまり口にしたくない不都合な真実ではあります。ではありますが、この手間をかけるか否かで世界が違うのは確かです。

 しかし実際、営業として飲食を提供しているところでも浸漬は軽視されているんです。
 先日、取引先でライスを食べたところなんか口当たりが悪い。調理現場のパートの方に浸漬はどれくらいしてるのか聞いてみたら、「うーん、10分くらいかな?」とのこと。「それじゃあ短すぎる、せめて1時間!」と言ったのですが、内部の事情がいろいろあるみたいで改善は難しそう・・・。ここは営業開始してから、たぶん15年近く経つと思うのですが、その間ずっとこのやり方でやってきた様子。
 いや、実にもったいないと思うんですが。

2014/06/21

ダンピング合戦と産地偽装のニュースと

じつに半年以上、このブログを放ったままでした。
書きたいことがないわけでもなかったのですが、どうも書くタイミングを逸したりしてた次第です。

今の状況をざっとみるに、新米シーズンが近づいてるにもかかわらず、25年産の消化が進まない。さらには糖質抜ダイエットなんてコメ関係者にとってはテロ行為のような言説も流布される。10月末の持ち越しは60万トン、過剰米対策35万トンを引いても25万トンが残るなんて予測も聞きます。
宅配Y社の強気の値上げや、某牛丼チェーンでのアルバイトの反乱など、これまでの歪なバランスを修正するような動きが報じられましたが、コメに関しては情けないというか、辛いというか。
そんなわけで、ここ1、2カ月でますます酷くなっているダンピングの件などからブログ再開しようかと。

他の業界と同様に、刹那的で暴力的なダンピングは九州方面からやってきます。特にこの時期、もう来月には南九州の早期米が収穫されるため、倉庫を空けておかなければならない事情が元来のダンピング気質に加わるのです。

元はといえば、需要を上回ることが分かっているのに行われる過剰な作付け。しかし、無駄な生産の責任は生産者がとっているのかといえば、そうとは言い切れない。たとえば、このダンピングも、生産者の処分売りもあるでしょうが、流通業者の損切りが大きいのでは。JA直売の値下げもあるでしょうが、民間ほどのヒリヒリした感じはないのかと。全農価格に至っては反応が鈍いというか、どこか他人事という風でもある。
というわけで、過剰な生産の尻拭いをさせられてるのは悲惨な流通業者というのが私の解釈です。

まあ、それでも、事情があるにせよ、捌ききれない仕入れをした業者の自己責任ではあります。しかしそれだけで済まないのが問題で、損を出して処分する業者が出れば、その周辺で堅実に仕入れて経営してきた業者までが巻き込まれてしまうわけです。馬鹿な仕入れをした業者が一人沈むなら仕方ないけど、周りの業者の足を引っ張りながら巻き添えにしてゆくという状況があります。

そんなコメ余りのさなかに目にしたニュースです。

大手のモールでは激安米を売りにしていたようです。

産地を偽りながら低価格を売りにしていたわけで、競合する業者はアンフェアな価格競争を強いられていたことになります。消費者、コメ業界のどちらから見ても、とてもじゃないが許せない行為です。

あと一つ、某サイトでのカスタマーレビューを見て思ったこと。
消費者の皆さんは、コメはいくらでも安くなる、タダに近くなると思っているのかもしれません。が、実際には生産者の資材・労賃・機械・燃料等に加え、運送する段階での燃料・車両・労賃、搗精する段階での光熱費・機械・包材・労賃・倉庫での保管などなどのコストがかかっています。
理屈の上では農地の集約や品種の選択、作業手順の効率化で、玄米1俵を1万円未満で販売してもやっていけるようなことが言われていますが、現時点でほとんどの農家、つまり消費のボリュームゾーンを支える農家の生産コストは理想的なモデルからは程遠いのです。

激安であればそれなりのモノになる(中米や砕米が多い、粒が揃ってない、古米臭がするなど)のは当然で、10kgで3,000円切りながらマトモなものを欲しがるのは、現状では、失礼ながらムシがよすぎると申し上げたい。
しかし、実際には10kg3,000円切りながらマトモな商品も大量に、当たり前のようにして出回っています。それらの商品は、生産者から販売者の間のどこかの段階で誰かが血を流していることを理解していただきたい。生産者かもしれない、流通業者かもしれない、誰かの怨念がこもった価格です。
なんて言ったら、ちょっとおどろおどろしいでしょうか。

2013/12/06

水田農業改革に思う

先月26日の「農林水産業・地域の活力創造本部(第9回)」で、政府の水田農業改革の全体像がきまったそうで。
水田農業改革を政府が決定 | 農政・農協ニュース | JAcom 農業協同組合新聞

以下は一区切りついたということでのメモ書きです。

当初、「減反廃止」の報道を聞いた時、私はてっきり、「これは改革派のシナリオで行くんだな」と勘違いしていました(ここでは、山下一仁氏や昆吉則氏、浅川芳裕氏など論客を「改革派」と呼ばせてもらいます。)。改革派の主張は新自由主義と相性が良さそうだし、与党幹事長石破茂氏の過去の発言も改革派の影響を感じさせるものでした。
その後、具体的な内容が明らかになるにつれ、「なんか違うな・・・」となり、今に至ります。

さて、この改革プランについては賛否両論(否が多い?)ありますね。
減反廃止決定と補助金改革 各紙の扱いは? 真の農業改革に必要な発想 WEDGE Infinityでは、各新聞社の報道姿勢がサクッとまとめられています。

まず、批判。ざっと二つの立場があるようです。


批判その1

ひとつは、改革派からの批判。
このプランは減反廃止どころか減反強化であり、今まで以上のバラマキだとする批判です。飼料用・米粉用への最大10万5千円/反の補助金という転作への強いインセンティブがあり、実際には減反強化となるという見方です。
飼料用・米粉用への転作が増え主食用の生産が抑制されれば、主食用米の価格は高く維持されたままで、非効率的な農家の淘汰と担い手農家への集約は進まない。相変わらず国民は、消費者として高米価、納税者として補助金という二重の負担がつづく。消費者のコメ離れは加速し、稲作農業が補助金から自立する道はますます遠のく。
たとえば改革派として減反廃止を主張し続けていた山下一仁氏がその代表でしょうか。
戦後農政の大転換「減反廃止」は大手マスコミの大誤報――キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン

高橋洋一氏。
【日本の解き方】「減反5年後廃止」は本当か 補助金廃止は評価できるがバラマキはコメ以外に拡大 - 政治・社会 - ZAKZAK

民主党議員からは補助金頼りの見た目の所得向上について批判が。
農家の所得は13%増えるのではなく6%減る。

意外にも?毎日、朝日も、改革派寄りの意見です。単に「アンチ安倍」ってことでしょうか?
社説:減反政策の廃止 補助金で改革妨げるな- 毎日新聞
(波聞風問)減反廃止 農政大改革、看板に偽りあり 原真人:朝日新聞デジタル
減反見直しても農家所得13%増 農水省試算、補助金増:朝日新聞デジタル

むしろ、バリバリ改革派なイメージの読売や日経のほうが淡々と政府の主張を報じています。こちらは単に「安倍贔屓」ということ?
農業 3本柱で強化 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

確かに今回の政府方針では、需給がダブダブになって価格低下→淘汰で経営マインドを持った農家が残る、というシナリオにはならない感じです。また、日本再興戦略で謳われる華やかな感じともイメージが違うようです。


批判その2

もうひとつの批判は、淘汰されるかもしれない農業者の立場からです。
今回の方針決定があまりにも性急であること、小農切り捨ての国の姿勢が見て取れること、中山間地への理解に欠けること、水田の多面的機能の評価が足りないこと等。
日本型直接支払いや飼料米の補助金についての内容が具体的になるにつれ、批判のトーンは下がってきましたが、居住する集落やこれまでの暮らしの存続についての不安はまだまだ拭えないでしょう。
はたして飼料用米の販売先など見つかるのか、農地維持も含めてこれら補助金はいつまで続くのか・・・。また、専業農家の方が兼業農家よりも厳しい状況に追いやられ先に倒れてしまうのでは、という懸念もあります。
高橋はるみ知事「進め方性急」政府の減反廃止に : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

上記リンク先ウェッジ誌の記事にもありましたが、地方紙、特に中山間地を多く抱える地域の新聞はこの辺りの不安を伝えます。
鹿児島の情報は南日本新聞 - 社説 : [減反廃止] 丁寧な議論が不可欠だ
AGARA紀伊民報 - 「農政の転換と中山間地」
岐阜のコメ、未来図は 減反見直し、農家賛否 - 岐阜新聞 Web

この不安は、国、とくに農水省の目指しているのイメージがハッキリと見えないことにあるのではないでしょうか。
安倍総理は、
農林水産業を若者に魅力ある産業にし、同時に、日本の農山漁村、ふるさとを守っていく
経営マインドを持った農林水産業者が活躍できる環境を整備し、農業の構造改革を進め成長産業とし、農業・農村全体の所得の増加につなげる
担い手の規模拡大を後押しし、美しいふるさとを守ってまいります。
と力強く語ります。
が、どうも、今回の改革方針はこれらの言葉としっくりこない。
どうも目標とする姿というか想定している改革後のイメージがハッキリと語られてない。なんかモゴモゴと言葉を濁されている、そんな気持ちになるのです。


支持する意見

まあ、あまり見かけないのですが、この改革プランを支持する意見。
有坪民雄氏は、耕作放棄地問題をみる視点から“「中途半端」な減反廃止政策”を効果があるとしています。農地を増やしたい既存の農業者が、集落内での減反割り当てに縛られずに、自然な形で作付けを増やしていける政策だという評価。氏のイメージする改革は改革派のそれよりも穏健で現実的な感じがします。

あと、こういう記事もありました。「英エコノミスト誌」だそうですが、これはいろいろと勘違いしているところがありそうな・・・。
日本の稲作農業:政治の必需品にメス:JBpress(日本ビジネスプレス)


メモ

で、私の感想です。場末の米屋が思いつき勝手に書いてるメモですので、その程度と軽く流してください。

この政策が減反廃止ではなく減反強化であるという指摘はその通りだと思います。が、しかし、その点がこの改革にダメ出しする理由とはならない気がします。
実は正直言って、改革派のシナリオよりも、農水省案の方が現実的で味わい深いようにも思えてきました。

改革派の方達は、収量アップ、大規模化でコスト低減して、国内に流入してくる外国産との競争はおろか、どんどん生産量を増やして輸出しよう!という方向で考えているのだろうと思います。
その立場からすれば、今回の政策は全然方向が違うし、評価できないでしょう。
ただ私、改革派のこれまでの主張に大筋では同意するのですが、具体的な見通しについては些か楽観的で大雑把に過ぎるという印象を持っておりました。改革派的な政策が進められたなら、それはそれで不安が大きかったことでしょう。

国産米需要については人口減・価値観の変化による減少が従来から続いてますが、さらに関税撤廃後は外国産米に奪われる消費がかなりになるでしょう。
生産コストを低減して価格を下げ消費減に歯止めをかけるといっても、コスト削減の余裕は言われてるほどでもなさそうだし、そもそも担い手も含めて生産者・関係者の大部分は生産コスト低減に意欲がある風じゃない。
海外富裕層相手の輸出なんていっても、数はしょぼそうだ。
結局、今のままでは供給過剰でダブダブになることが予想されます。稲作農家の全滅を防ぎ、さらに自立まで目論むには、これまで以上に供給を抑制しなければならない。

ただし、国が生産量を決めて割り当てるのではなく、稲作農家が自分の判断でこれ以上のコメは作らないという判断を下すべきだ、と。
需給見通しの情報は提供するが、その先は自分で判断してほしい。自分のコメが消費側にとってどれほどの価値のものかを正しく自覚して、売れる売れないの判断を各自で下すべきだ。
そして、過剰米が発生しても、自分たちの責任で処理してくれよ。「作る自由」と「作った責任」はセットですよ、と。
安倍総理の次の言葉からそう印象します。
40年以上続いた生産調整の見直しを行って、自らの経営判断で作物をつくれるようにする、そういう農業を実現してまいります。そして、食料安全保障に直結する麦・大豆、飼料用米の生産を振興します。

これからは、コメを食糧として特別扱いするつもりはない。
そんなメッセージが込められているような気もします。まあ、私の勝手な解釈ですが。

そして、転作補助金による生産者のリストラ。
ある程度の低コストでコメを作れる生産者、あるいは、すこしくらい高価でも需要がある食味、品質、個性のあるコメを作れる生産者、つまり主食用米の生産にメリットが有る生産者だけが縮小する主食用国産米市場に残る。
そうでない人は飼料用米などの生産へ。いずれはトウモロコシなど、コメ以外の飼料用作物へとシフトしてもらいたいのでは?
国産米の需要は少なくなるのだから、供給もそれに合わせて減らす。ただし、これまでのように稲作農家の軒数は維持したままで各自の作付け面積を減らすという方向ではなく、主食用稲作農家の数を減らしていくという方向への転換ということでしょうか。
稲作問題の本質は需要量に比して過剰な数の人間がぶら下がっていることだ、と考える立場からすれば、これはありかな?

もし、私が想像したような姿が目標であれば、そりゃハッキリとは言いづらい。ストレートに言うのは少し無体な、というか反発ありそうな感じで、モゴモゴと言葉を濁したくなるでしょう。

しかし、この飼料用米の補助金はいつまでつづくのでしょうか。生産者からみて、補助金貰って飼料米を作るより、もっと魅力的な作物が出てくればいいのですが。どうやって終いにするつもりなのか気になります。まさか、今後ウン十年も続かないとは思いますが・・・。

2013/11/16

関税撤廃よりもMA枠の拡大か?

最近、コメ周辺のニュースが多いですね。

TPP交渉、コメ関税ゼロ枠拡大 米要求で妥協案浮上  :日本経済新聞
 米国はこのほど日本に関税をなくす品目の割合を示す「自由化率」を100%にするように要求。日本が「関税全廃はありえない」と回答すると、米国はコメを高い関税で守る代償に輸入を義務づける「ミニマムアクセス(最低輸入量)米」の枠の拡大を求めてきた。
 同米の輸入量は年約77万トン。2012年度の最大の輸入先は米国で36万トンだった。国別の輸入量は国内需要などをもとに政府が決める。国産米への影響を抑えるため、無税輸入米の大半は焼酎やみそなど加工用に販売しているが、米国は自国産のコメの輸入枠を拡大し、主食米として日本で販売するように要請。政府内で「コメの関税を守るためにはやむを得ない」との意見が浮上した。
ということです。

だいぶ前ですが、このように指摘するツイートをみかけたのを思い出しました。

なるほど、関税撤廃した日本国内で国際価格並の水準で他の国々と競合するよりも、輸出量の増加は少しでも今の価格水準で売れる方がオイシイ。
つまり、高く売りつけることができる市場をみすみす壊すのは馬鹿らしい、アメリカの生産者も減反と関税で支えられた高価格の恩恵に与ろうぜってことじゃないかと。
そこまでは考え過ぎかもしれませんが、しかし日本の消費者は随分と蔑ろにされているなと思わせる提案です。

そういえば、生産調整の見直しも、実質的には減反強化ですらあるとの意見も出ています(戦後農政の大転換「減反廃止」は大手マスコミの大誤報――キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン)。

なんだかんだと関税による高米価維持(消費者負担)も、多額の補助金(納税者負担)も変わらないのか?そんな気にさせるニュースでした。

2013/11/09

飼料用米に補助金を厚くするらしい件について

減反廃止の議論が本格的になったのが先月の下旬、それからまだ半月くらいしか経っていません。しかし、具体的な内容が明らかになるにつれ、皆さん、変化への高揚感とか期待感などがだんだん薄れてきているのではないでしょうか?
当初、減反廃止がねらう効果とされていた、中小兼業農家の退出と大規模農家への集約、コストダウンによる価格低下と競争力向上などは、ちょっとズレてきたようにも感じられます。

2013/11/09付西日本新聞朝刊の社説は、今回の減反廃止方針について、2003年改正食糧法以降の「戦後農政の大改革」と同様の頓挫を心配しつつ、
農地集約・大規模化よりも今回は農地の維持に力点が置かれている印象が強い。
と分析しています。

来年度から4年間は減反参加者への定額部分補助金は現在の1/3の5,000円/10aとするが規模は問わない、浮いた予算は飼料用米の転作奨励に充てる。現時点ではこの方針とのこと。
東京新聞:減反補助 5000円に減額 来年度から4年間:政治(TOKYO Web)

しかし、10月末にでた農水省の案で転作奨励の補助金を厚くすることが入っていると知ったときは、なんとも違和感がありました(コメ生産量は「農家の判断で」 農水省の減反廃止案:朝日新聞デジタル)。
つい先日、三瀧商事の事件で加工用米が問題になったばかりです。制度により人為的につくられた一物多価は不正の起こるリスクを常にはらむ。転作奨励の補助金がインセンティブとして働くことで消費者無視の独りよがりな稲作を生み、歪められた需給バランスが消費をさらに低迷させる。
「新規需要米」って言葉、どこかに新しい需要が生じていてそれに対応するモノかのような印象を与えますが、どちらかといえば供給側の思惑があって後から無理に需要を作っているのが実際ではないかと。だいたい、最初から補助金付けて思いっきりダンピングしないと買ってもらえないという時点でおかしいでしょう?
そもそもこれ、いつ補助金外すんでしょうか?消費者の舌が慣れ切って、需要者もそれに合わせた設備につぎ込んだころ合いを見計らって補助金をはずすのでしょうか?
まさか、国がそんなヤクザみたいなことはしないでしょうが。


2013/11/07付け記事「減反廃止にカラクリ 補助金減らぬ恐れ :NQNスペシャル :マーケット :日本経済新聞」では、実は減反政策は変わらないとみる理由として次のように説きます。
転作支援については、前回の自民党政権が積極的に取り組み、12年度は52万件、総額2223億円が交付された。民主党の政策と従来の自民党の政策が併存している。
 今回、廃止方向となったのは民主党政権が導入した補償制度で、転作支援の交付金については存続する。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、「減反補償は従来どおりのため、(転作促進による)生産調整は維持される。その結果、米価も下がらない」と話す。
 それだけではないという。山下氏によれば、現在、主食用米から米粉・飼料用米に転作した場合、農家にはその収入差として10アール当たり8万円を支給している。それに米粉・飼料用米の作付面積(6.8万ヘクタール)を掛けると、総額はおよそ550億円になる。
 山下氏は、政府が仮に、この支給額を10万円に増やし、その効果で米粉・飼料用米の作付面積が20万ヘクタールに拡大した場合、補助金総額は2000億円に膨らみ、民主党の「戸別所得補償」分がそっくり転作支援に入れ替わるとみる。
結局は補助金も作付けも転作扱いの新規需要米に振り分けられるだけで、補助金総額は減らないし主食用の低価格化も起きないという予想です。

一方、2013/11/06付けの「円滑な減反廃止は可能 荒幡克己 岐阜大学教授 :日本経済新聞」では、転作助成の維持と適切な経過措置によってソフトランディングが可能であるとされています。
 減反問題の要諦は、農業部門内での資源配分にある。これまで、需給動向を軽視した高米価路線によるコメ有利の状況で、土地、人などの資源が稲作に偏り過ぎ、増産が必要な飼料作物などに仕向けられなかった。この意味では財政支出の削減を検討する際、コメが有利とならないようコメへの助成を削減し、稲の飼料用仕向けを含めた転作助成は維持するのが妥当である。コメ偏重農政のままでは、減反廃止への道は開けない。
 減反廃止後、市場に任せると、農家の手取りは20%を超えて減少することが予想される(シナリオ1)。長期的に競争力強化を考えるならば、この米価下落に耐え得るコストダウンは実現してほしい。しかし、短期での大幅なコストダウンは限界がある。
 そこでコメへの助成自体にあらかじめ生産刺激の弱い方法を設定しておけば、廃止後の増産と価格暴落を抑制できる。価格下落分を補償するような不足払い(シナリオ2)は、生産刺激が強く財政負担が膨大となる。財政規律を重視すれば、一定額を支払う固定支払い(シナリオ3)とした上で、さらにデカップリング度を高めれば、同程度の農家手取り減でも大幅な財政節約が可能である(シナリオ4)。
減反廃止の効果をいかに高めるかというよりも、いかにそのインパクトを和らげるかに関心が向いている記事です。ここでは減反廃止のプロセスの消化自体が関心の的です。

余剰分を飼料用、加工用などに振り向け隔離することで、主食用米の価格下落を防ぐ。内外価格差の大きな関税なしのMA米の取り扱いと同じ発想ですね。実に農水省的発想による解決方法ではないでしょうか。
ただ、国・農水省が需要のあるコメ、商品を見極めるセンスに欠けているのが問題なのです。補助金付けて安くさせて、農林事務所から宣伝させれば大丈夫、くらいに考えているのかもしれませんが。しかし、この数年をみても判ることですが、変なインセンティブをつけて生産を誘導すると、需要側に必要なコメが足りなく、要らないコメが余りまくるという状態になります。

ところで、2013/11/05の林芳正農林水産大臣の会見でこのような発言がありました。
今、全体需要の大体3分の1が、まあ、こういう外食・中食向けと、まあ、こういうことでありますので、こういう需要に対応するために、やっぱり低コスト生産ということが一つありますし、それから、これに併せて、やはり、この実需者、こういう方々が求めている品質のコメを安定供給すると、こういうことが大事だと思っております。そのためにですね、26年度の予算概算要求ですが、いわゆるブランド米とは異なる品質や価格での供給が求められるですね、業務用米、加工用米の、まあ、生産コスト低減技術の実証と、それから、外食・中食業者や卸業者と、まあ、産地のマッチング、関係者の連携による産地づくり、安定取引の推進、まあ、等へのですね、支援を行うための予算を要求をしております。・・・・・・実需者と産地が一体となってですね、こういう中食・外食等のニーズに応じたコメを安定的に供給できる体制と、こういうものが、を構築を進めていきたいと、こういうふうに思っております。
減反廃止の行方とは関係なしに是非、進めていただきたいことです。

2013/11/05

減反廃止の報道から思うこと 後編

前篇からの続きです。

減反廃止の効果についての是非

大規模化、コスト低減、競争力強化という目標の是非についてパスしたとしても、では果たして減反廃止によってこれらが実現するのかどうか、です。

まず、ほんとうに兼業農家が離農して主業農家へと農地が集まるのか。
例えば次の記事では、減反廃止での農地拡大を期待する大規模農家の声が紹介されています。
 一方、80ヘクタールの田んぼを抱える沼南ファーム(千葉県柏市)の橋本英介取締役は「補助金が減れば、兼業農家が農地を手放すはず。大規模農家にとっては農地を広げるチャンスになる」と農政の転換を歓迎する。大潟村あきたこまち生産者協会(秋田県大潟村)の涌井徹代表も「減反見直しは当然。補助金は加工技術や新用途の開発に使うべきだ」と期待を込めている。
減反見直しで競争へ一歩 農政、大規模経営に軸足 :日本経済新聞

少なくとも高齢生産者のリタイアのきっかけにはなりそうです。しかし、主たる収入源は他にある壮年の兼業農家は補助金廃止や価格低下にも抵抗する体力があると見られます。コメづくりを趣味とか家の年中行事として捉えるなら赤字でも構わない。むしろ稲作を主な収入としている主業農家の方が先に参ってしまうのではないか、という意見です。現在でも販売農家に該当しないため経営安定所得対策の対象とはなっていない園芸農家による自家飯米や縁故米の生産は珍しくありません。
次の記事の説明はしっくりと来ます。
「兼業農家」と戦って勝てるわけがない ドラッカーで読み解く農業イノベーション(4):JBpress(日本ビジネスプレス)

また、こんな主張があります。
新浪ローソン社長の減反廃止論は先祖返り | コラム | JAcom 農業協同組合新聞
改革派のストーリーは楽観的で単純に過ぎるという批判は、以前より行われていました。しかし、批判に対する改革派からの回答は無いのでは?
大規模農家に分類されていても、米価下落+補助金カットに耐えられるほどのコストダウンの準備が現在既にできているところはそう多くないでしょう。今回の減反廃止スケジュールでは、コストダウンにより米価引下という順序ではなく、米価下落による淘汰の後に集約とコストダウンがくることになります。
もしかしたら、現時点で大規模稲作農家とされる農家も含めての淘汰、再編ということがすすんでいくのかもしれません。大規模優遇と言っても、その「大規模」の意味するところは現時点での大規模、例えば家族+αの労働力で数十ヘクタールを耕作とかのレベルとは桁が違うのかな?とも。今は自信たっぷりの大規模農家も、あっという間に大きな資本に飲み込まれていくかもしれません。同じ資本のショッピングモールやCVSが全国どこにでもあるように、同じ資本の農地が全国どこにでもある。農村のファスト風土化なんて杞憂ですかね?

集約することで生産性が高まるような農地は、既に集約されてしまっているという意見もあります。まとめることができる田んぼなんてものは、広い平坦地にある田んぼです。干拓地であったり、扇状地であったり。すでに数十haの大規模農家が存在しているような土地です。
中小零細農家が分散して作付けしているのは、国内農地の40%と言われる中山間地域の田んぼ。また、どうにも生きない田んぼから順に耕作放棄されているわけです。
もっとも、このような田んぼはコメではなく、もっと儲かる作物を、と考えられているのかもしれません。それならそれで生きた農地の利用となるのかな?

補助金による減反へのインセンティブが無くなったとしても、果たして大規模専業農家はフル作付けするのでしょうか?
現在でもコメは過剰なわけで、さらに供給量が増えるとすれば、売り切ることができるかどうか。リスクを負って作付けすることになります。かといって、価格が下がっているのならば量で補わなければならない。
農水省によるコメの需給見通しの発表は継続されるとのことですが、春の作付け時点では他の生産者の動向全ては読めるものじゃありません。
収入保険や先物によるヘッジで補えるのかもしれません。見方を変えれば、それらを活用できなければ稲作経営は困難になるのかもしれません。


今後の不安

しかし、実際どうなるのか。私には全く分かりません。

例えば、農協。
食管制度の廃止以来、生産・販売に独自の努力を続けてきた単位農協がいくつもあります。一方、お役所気質のまんまの単協もあります。確実に、今以上の格差が生じるでしょう。そのとき、JAグループの結束は?

減反廃止後に過剰となるコメ。
これまで農家はJAに尻拭いをさせてきたわけです。民間や消費者に直売して、残りそうならJAに出す。JAもコメの過剰は重々承知していながら、生産者が持ってきたコメは受託する。むしろ売るのに苦労することがわかっていてもJAへの出荷を呼び掛ける。
しかし、一時的なことかもしれませんが、大量な過剰が予想されるわけです。そのとき、JAは今までどおりに売れないコメを受託するのか?しかし、皮肉にも、過剰なコメを抱えた生産者は、こんなときばかりJAをいいように利用しようとするのでは。

縁故米。
目論みどおりに中小零細農家が退場すれば、これまで流通していた縁故米が減っていくでしょう。その分、誰かの販売量が増える?
これまで好調といわれたコイン精米機の将来は?あるいは、縁故米消費者が慣れ親しんだ玄米30kgでの販売が増える?

政府の買い上げ。
なんか25年産の過剰米対策がどうのこうのと聞きますが・・・。減反廃止後にも政府買い上げでの過剰米対策なんて矛盾したことはしないで貰いたいものです。

古米とか古古米とか。
一般に現在のコメ流通では、収穫からさほど間を空けずに新米が出回ります。一般消費者向けはモチロン、業務用でも底辺クラスでなければ遅くても年内には新米へ切り替わります。
ところで、減反廃止以降は春先の作付の動向が不明瞭となるわけで、極端な余剰米が発生したり、あるいは足りなかったりということが起こりうるのでは、と思われます。現在のように誰もが気軽に新米を食べられるという状況が続くのかどうか。新米が食べられる、ということが贅沢になるのかもしれません。


と、いろいろ不安はありますが、減反廃止が必要なのは確か。カルテルの維持に税金を使うなんて、あり得ないでしょう!
ただ、もっと早い時点での廃止、本質的な改革が行われていれば、と悔みます。本質的な改革から逃げ、継ぎ接ぎ、継ぎ接ぎでその場しのぎの対応を重ねた結果、糸はもつれにもつれ、いざ改革となると複雑すぎて・・・。
遡れば、間違いの始まりは農地改革でしょうか。それから数えれば半世紀以上、小手先ではない改革になること、有意義な改革になることを、切に願います。

追補

2013年11月6日付日本経済新聞「円滑な減反廃止は可能 荒幡克己 岐阜大学教授」では、コメ偏重を改め稲作と転作の相対的収益性を是正し、デカップリングを高めた経過措置を適切にすることで円滑な減反廃止は可能だと語られます。
このようなシュミレーションが出ることで、いろいろ見通しがしやすくなりますね。