2014/12/09

おこめ券

 ご存じと思いますが、「おこめ券」というギフト券があります。ちょっとしたお礼とか記念品、内祝い、快気祝なんかに活用されています。

 発行しているのは、全国米穀販売事業協同組合、略して全米飯。全農が発行している「おこめギフト券」というのもありますが、全米飯のおこめ券の方が少しだけメジャーでしょうか。
 どちらも1枚440円分の買い物券として使えます。また、ご存知ない方も多いようですが、米穀店だけでなく、コンビニやスーパーでも大抵は通用します。

 そんな、おこめ券について気になるというか、思う所を少々。

440円の金券だが、販売する時は500円。

これは、ビール券なんかと同じですね。60円ほどが印刷やら流通コストとしてのっている。
 企業が自社専用のギフト券を発行する場合は、使用価値と同額か、あるいはプレミアムがついてる場合もあるのに比べて、古臭く感じてしまいます。特定の企業が自社の販売促進のために発行しているものとは違うわけで、仕方ないかもしれませんが。

券面にでかでかと「1kg」と記されている。

これは誤解を招くもので、どうにかならんかなと思っています。あくまで1枚440円分の買い物券なのですが、お客さんはこの券1枚で米1kg貰えると思い込んでしまいます。おコメの価格なんて、それより安い物もあればずっと高い物も。若い人ならまだいいのですが、お年寄りに説明するのは結構大変です。
 ただ、「1kg」と書いてなければ、おこめ券っぽくないというか、なにものでもない商品券でしかないのも確かで・・。やっぱり、おこめ券のアイデンティティとして「1kg」の記載は必要なのか・・・?

 そんなおこめ券ですが、今年4月初頭、おこめ券を利用して買い物をされた方が若干目立ちました。つまり、新消費税率が導入されてからおこめ券で買い物される方が目立ったということ。
 で、私の推測なんですが、この方達は1枚440円ということを知らずに、1kg/枚のコメが買えると思っていたのではないか、と。ならば、消費税増税後に使った方が得である、と勘違いしてたのではなかろうか。
 結局は440円相当の金券でしかないのですから、おこめ券であろうが現金であろうが、増税前に買った方が得なわけです。
 まあ、単に4月というシーズン、御祝に貰ったおこめ券を使った人が多かっただけかもしれません。私の勝手な思いすごしかどうかの判定は、次の増税時の観察結果に委ねられています。

鼻白むニュース

 半月くらい前にみた、テレビのローカルニュース。
 要約すると、

  • 今年のコメ価格は全国的に大幅に下がったが、農水省の統計によれば、当県内の下落幅は近隣地方内で最も少なく、結果として地方内では最高値となった。
  • その理由について、農水省は「品質の高いコメ作りによる販売先の確保に加え、地域の需要に見合った生産量の作付けが、価格低下を回避」と分析している。
 という内容。

 ここの発表を基に、農水省からもらったコメントを付けてつくったニュースですね。前半まではなんてことなく聞き流してました。「やはり、当県内産のコスパは悪いよなあ。」なんて思いながら。 
 しかし、後半の説明がなんとも鼻白む。だいたい、いくら農水省が発表した統計についてであっても、価格の理由について農水省なんかに聞いてもわからんでしょう。聞かれた方も、仕方なしに、なんとなく恰好がついて当たり障りのない回答をするしかない。

 何が鼻白むかといえば、このニュースをみたちょうど前日、取引のある業者から電話があり、県内産精米についてスポットでどこか使ってくれるところはないかと、かなりのダンピング価格を提示しながらの問い合わせがあったばかりだったからです。
 縁故米シーズンということもありますが、特に今年はスーパーが安売りしてもコメが動かない、裏にはコメがあふれてるとも聞きます。けどスーパーも特売しなきゃならないし、精米年月日は新しくなければいけない。店頭に出せない売れ残りはさらに膨れる。そんなコメが業務用にダンピングされていくわけです。


 また、いまだに24年産の県産米もけっこう残っているとも聞きます。

 確かに、「販売先の確保」という部分は、まるっきりハズレとは言えないでしょう。ただし、学校給食や病院、施設に対する市町村会議員等有力者による強い営業力に頼ったものであったり、卸売業者への押しつけであったり。消費地での売れ行きを無視すれば、確かにJAグループから民間業者への販売は出来ているといえるでしょう。しかしそれは、実際にコメを食べる人に支持されての結果とは思えません。
 品質や味は二の次、三の次で、とにかく地産地消のスローガン、政治力で売るという姿勢がいまだ根強く残っているのです。これには権威に弱い県民体質というのもあるのでしょう。地産地消というより地縁血縁といった方がいいかも。
 これでは、正しい意味での「需要に見合った生産量」とはいえないと思えます。

 そして、「品質の高いコメづくりによる販売先の確保」という部分。
 これこそ、当たり障りのない意味のない言葉でしかないのですが、しかしこれを聞いた県内生産者が勘違いするならば、むしろ有害ですらあります。
 生産者間の本当の競争、淘汰が始まろうかというこれから、品質の向上あるいはコストの削減へと、それぞれの方向へますますレベルアップしていくだろう有力生産地との力の差が、さらに広がっていくのではないかとの危惧を感じます。
 一体、このニュースは、なにが言いたかったのか、誰に向けたものだったのか。テレビのニュース番組のお得意様である、農村の老人生産者の自尊心をくすぐるためだったとしたら悲しい話です。

2014/12/01

平成26年産米の価格について雑感

 記録的ともいわれる今年のコメの価格について、今更でもありますが、感想などを徒然に。

 26年夏の過剰な古米在庫と26年産価格の下落は、昨年来巷間で予想(懸念)されていたままの展開でした。生産者にとっては新米出荷時に初めて下落のショックを受けたのかもしれませんが、流通では既に今春から大量出血しながらの在庫処分が始まっていました。
 情けない話に、一部ワイドショーではコメ価格下落を"明るいニュース"として報じてたものもあったそうで・・・。どうも人は、モノの価格が下がる理由として、何かイノベーションが起こったり、どこかで効率が改善されたり、なんかの影響で資材購入コストが下がった、などを想起しがちなのかもしれません。あるいは、テレビのドキュメンタリー風番組で、大規模で粗放なやり方により1俵数千円でもペイできる稲作なんてのを見て印象に残っている人もいるでしょう。しかし、現実に流通するコメのほとんどは、イノベーションとは縁がないし、急に今年になって効率化が進んだわけじゃない、ご覧の円安のため原油安でも燃料、資材は高止まり。つまり、この度の価格下落は単なる叩き売り、ダンピングでしかありません。
 生産者も流通業者も苦しむばかりの相場崩壊。その原因についてはJA概算金の設定や、農政に求める向きもあるようですが、根本は過剰な生産、過剰な供給だと思います。


概算金


まず、よく聞くのが、JAが概算金を下げたのが悪いという声。
 しかし率直な感想として、需給からは(あくまでも需給からです)今の価格、これこそが現実ではないでしょうか。
 一昨年、昨年とJAはかなり強気な、割高感の強い価格を設定しました。一昨年の独りよがりともいえる価格は消費者離れや業務筋での使用量減を加速させ、昨年の価格はそれよりは下がったものの需給バランスをとるにはまだまだ不足でした。それが販売不振の一因となり今夏の大量在庫を招き、溜まっていた価格下落への力が噴き出したという流れでしょう。
 もしJAが悪いとすれば、一昨年、昨年の強気な価格設定でしょう。
 しかし、そもそもの長期的な米価の下落傾向をJAの責めにする農家もよくいますが、この手の批判にはいささか違和感を感じます。むしろJAの共同販売、JA価格の存在により一般的なコメの価格は実力よりも高く維持されていたのではないでしょうか。大多数の農家はJAのおかげで現実を直視せずに済み、実力よりも過大な価格で販売できていたのでは。
 また、JA価格が全体の下支えとなることで、JAに出荷せずに独自の販売している方々もその恩恵は受けているはずです。もし、JAが存在しなければコメ農家はもっと早くから競争にさらされたことでしょうし、あるいは今頃は既に適正な生産量、生産者数へと淘汰が行われ、価格的にも安定期に入っていたかもしれません。その意味ではJAは罪な存在でしょう。


縁故米


 農家から親戚知人に譲渡されるコメを縁故米と呼びます。広義には職場の同僚などに有償で売られるコメも含まれますが、とくに価格への影響が大きいのは無償譲渡米と呼ばれるものでしょう。無償譲渡米については以前の投稿で紹介した書籍があります。
 
 ちなみに非課税輸入枠のミニマムアクセス米。国内産米価格への悪影響を避けるために、農水省による独占的な国家貿易で輸入されています。その量はSBS米10万トンも含めて76万トン、国内コメ生産量の約1割です。しかるに、先の書籍によれば流通量の1割近くが無償譲渡米、震災直後の報道では3割が縁故米という記事もありました。無償譲渡という究極のダンピング、それが流通の1割もあれば価格に影響しないわけがないでしょう。
 生産者や業者との会話の中で、「今、”担い手”に相当する農家ほど苦しんでいる」という話がよく出ます(たとえばこの記事も。)。能天気に「兼業や年金趣味農家が退場する機会」なんて言ってる人もいますが、トンデモナイ。
 プロ農家、腕のよい農家を支援する体制が整わないうちに起こった、ダンピングの我慢比べが現状です。品質/価格で競争する仕組みに至っていない。
 産業競争力会議等の議論も品質という評価軸は無視され続けてきたように感じますし、そもそも消費者も含め国民のコメの品質を見極めるリテラシーが不足しているのかもしれません(それに乗じるような、売り方ばかりに熱心で腕の方はサッパリという農家が増えているような気もするのですが、それはまた別記事で投稿しようかと思ってます。)。


とまらない過剰な生産


消費の場からは、もうずーっと前より「もう腹いっぱいだ、そんなにコメは食えない」というシグナルが送り続けられてきました。農水省の資料「日本農業新聞」からでも、あるいは一般紙やテレビからでも、生産者がその事実を知る機会は充分にあったはずです。でも、過剰がとまらなかったのは何故か。
 私はこう捉えてます。
 確かに年々生産量は減少しています。ですが、それは上から割り当てられた生産調整と高齢化・後継者不在による自然な減少との結果でしかない。生産者が状況を見極め能動的に動いた結果ではないし、なにより生産者自身が満足できる価格が形成されるまでに供給が絞られたわけじゃない。
 私は、ここがJAの罪だと思います。そして政治の罪。
 つまり、消費者がもう要らないよっていってること、確実に余るってことを知っているくせに、また売り切る自信もないくせに、まるで子供に甘いバカ親のようにJAは生産者がつくったコメをニコニコと引き受ける。
 そのため流通業者と接点の少ない農家は、自分のコメに下されている厳しい評価、現実について実感を持てず、よって真剣に進退を検討することもなく、ただ高齢化などにより二進も三進もいかなくなるまで惰性的につづける。
 そうしてJAの倉庫に生じた過剰なコメは、ダンピングしたり、流通業者にねじ込んだり、あるいは最終的には国に押し付ける。高度成長期に起源するだろうJAや国のこういった姿勢が現在のコメ生産の倦怠をもたらしたのではないでしょうか。
 ちなみに、農家が国の農政が悪いと批判する時は、国がこの甘やかしをやめようとしたことについて文句を言ってる事が多いようです。一方、流通業者や消費側が批判するのは、昭和30年代から始まったこの甘やかしがいまだに存在していることについて。そんなわけで、生産側と消費側がともに農政を批判していても話がかみ合わないことがある。それぞれ逆のことを考えているわけです。


ついでに・・・ 在庫の問題


 「米に関するマンスリーレポート(平成26年11月7日)」(PDF)の51ページによると、来年6月の民間在庫予想は233万トン。1年間の消費量の約3割です。南九州の早場米出荷は7月末に始まるでしょうが、本格的なシーズンまで2~3カ月残しての在庫と考えれば、安全保障の観点からは多いとも思えないかもしれません。でも、業界的にはこの数字は高い水準だといわれます。
 これ、新米が出たら国民みんなが新米を食べようとするからじゃないでしょうか。かつては、まず在庫の古米を食べつくしてから新米を食べ始めたと聞きます。自然なことだし、無駄なくしまつめのよい消費の順番だと思います。この風習は食糧を無駄にしないだけでなく、コメの価格の安定にも寄与するのではないでしょうか。今、みんながみんな新米を食べようとするのは、それが道徳的な気分だけでなく価格的にもハードルが下がっているからでしょう。特に今年のような親不幸相場ではなおさらに。
 つまり、新米購入の価格的ハードルがあまりに低すぎるのも問題では? と感じているのです。シーズン初っ端から新米を食べることは結構贅沢なことなのだ! と認識してもらうために、古米在庫がまだ多い間は新米価格にプレミアムがついてしかるべきではないか、と。古米をダンピングして叩き売るのではなくて。
 しかし、現在の慣習や産地間競争、業務用販売、スーパーやネットを舞台としたリンボーダンスのような価格の潜り合いがある以上、非現実的な夢想だとは解っております・・・。ただ、最低水準価格の業務用米が、10月くらいから新米を使用できるような現状は異常なことだと思います。

2014/08/04

やっぱり浸漬

 炊飯でなにが重要かって、やっぱり浸漬だと思います。
 研いだ後、炊飯開始までしっかりと水に漬けて吸水させる行為。「浸す」と書いて「かす」と読んだりもします。最近つくづく、この工程を軽んじている人が多いと感じてます。
 イマドキの炊飯器は炊きあがり後の蒸らし時間までプログラムに入っているのが普通ですから、浸漬させる工程が余計に面倒くささく見えるのかもしれません。無洗米なら、なおのこと、水加減してスイッチ入れるだけのお手軽さが当前だろ?と考える傾向にあるのかもしれません。
 ただ、美味しく炊飯しようと思うなら、ここは端折ってはならない部分でしょう。デンプンが糊化するには水分と熱が必要ですが、米粒の中心まで水が浸透するのに充分な浸漬時間がないと、中心部が糊化しきれない芯のあるご飯となります。
 また、このようなご飯は短時間で硬化しがちです。「冷めてもおいしいご飯」には、コメ自身の品質だけではなく、きちんとした炊飯も必要というわけです。いやむしろ、充分な浸漬が出来ているかどうかの方が影響大かな、と思ってます。

 で、どれくらいの時間、浸漬が必要なのか。

 よくいわれるのが、「冬場2時間、夏場1時間」。人によっては「冬場1時間、夏場30分」。でも、私の考えは、「夏場でも2時間浸漬したものは美味さが違う」です。
 芯まで吸水させるという観点からは、夏場でも30分では短いと思います。じゃあ、なんで夏場の浸漬は短時間でいいと言われ続けているのか?安全上、衛生上の観点からみれば、夏場にコメが漬けられた栄養たっぷりの水は簡単に腐敗してしまいます。長時間の浸漬はそういう危険があるのです。炊飯から変な臭いがしたり、黄色ないしは茶色っぽかったりするのは、何らかの菌が繁殖していると考えられます(余談ですが、炊飯器の内蓋の裏や蓋の蒸気が抜ける部分も毎回清潔にしましょう!)。
 じゃあ、夏場はきちんと浸漬した美味いご飯は諦めるしかないのか?対策としては、冷蔵庫に入れて浸漬させるということになります(冷蔵庫を使ったからといっても絶対な安全はありません、夏場は腐敗のリスクが高いので五感を活用してご注意ください。)。
 で、浸漬が完了したら、ざるで水をきって、一度かるく流水ですすいでから水加減して炊飯開始すれば理想でしょう。

 まあ、確かに面倒くさい。パンは買ってくればすぐに食べられるし、パスタなども熱湯に入れてから長くても十数分間茹でればOK。それに比べて、何時間も前から準備に取り組まないといけない。コメの消費増を願う米屋からすると、あまり口にしたくない不都合な真実ではあります。ではありますが、この手間をかけるか否かで世界が違うのは確かです。

 しかし実際、営業として飲食を提供しているところでも浸漬は軽視されているんです。
 先日、取引先でライスを食べたところなんか口当たりが悪い。調理現場のパートの方に浸漬はどれくらいしてるのか聞いてみたら、「うーん、10分くらいかな?」とのこと。「それじゃあ短すぎる、せめて1時間!」と言ったのですが、内部の事情がいろいろあるみたいで改善は難しそう・・・。ここは営業開始してから、たぶん15年近く経つと思うのですが、その間ずっとこのやり方でやってきた様子。
 いや、実にもったいないと思うんですが。

2014/06/21

ダンピング合戦と産地偽装のニュースと

じつに半年以上、このブログを放ったままでした。
書きたいことがないわけでもなかったのですが、どうも書くタイミングを逸したりしてた次第です。

今の状況をざっとみるに、新米シーズンが近づいてるにもかかわらず、25年産の消化が進まない。さらには糖質抜ダイエットなんてコメ関係者にとってはテロ行為のような言説も流布される。10月末の持ち越しは60万トン、過剰米対策35万トンを引いても25万トンが残るなんて予測も聞きます。
宅配Y社の強気の値上げや、某牛丼チェーンでのアルバイトの反乱など、これまでの歪なバランスを修正するような動きが報じられましたが、コメに関しては情けないというか、辛いというか。
そんなわけで、ここ1、2カ月でますます酷くなっているダンピングの件などからブログ再開しようかと。

他の業界と同様に、刹那的で暴力的なダンピングは九州方面からやってきます。特にこの時期、もう来月には南九州の早期米が収穫されるため、倉庫を空けておかなければならない事情が元来のダンピング気質に加わるのです。

元はといえば、需要を上回ることが分かっているのに行われる過剰な作付け。しかし、無駄な生産の責任は生産者がとっているのかといえば、そうとは言い切れない。たとえば、このダンピングも、生産者の処分売りもあるでしょうが、流通業者の損切りが大きいのでは。JA直売の値下げもあるでしょうが、民間ほどのヒリヒリした感じはないのかと。全農価格に至っては反応が鈍いというか、どこか他人事という風でもある。
というわけで、過剰な生産の尻拭いをさせられてるのは悲惨な流通業者というのが私の解釈です。

まあ、それでも、事情があるにせよ、捌ききれない仕入れをした業者の自己責任ではあります。しかしそれだけで済まないのが問題で、損を出して処分する業者が出れば、その周辺で堅実に仕入れて経営してきた業者までが巻き込まれてしまうわけです。馬鹿な仕入れをした業者が一人沈むなら仕方ないけど、周りの業者の足を引っ張りながら巻き添えにしてゆくという状況があります。

そんなコメ余りのさなかに目にしたニュースです。

大手のモールでは激安米を売りにしていたようです。

産地を偽りながら低価格を売りにしていたわけで、競合する業者はアンフェアな価格競争を強いられていたことになります。消費者、コメ業界のどちらから見ても、とてもじゃないが許せない行為です。

あと一つ、某サイトでのカスタマーレビューを見て思ったこと。
消費者の皆さんは、コメはいくらでも安くなる、タダに近くなると思っているのかもしれません。が、実際には生産者の資材・労賃・機械・燃料等に加え、運送する段階での燃料・車両・労賃、搗精する段階での光熱費・機械・包材・労賃・倉庫での保管などなどのコストがかかっています。
理屈の上では農地の集約や品種の選択、作業手順の効率化で、玄米1俵を1万円未満で販売してもやっていけるようなことが言われていますが、現時点でほとんどの農家、つまり消費のボリュームゾーンを支える農家の生産コストは理想的なモデルからは程遠いのです。

激安であればそれなりのモノになる(中米や砕米が多い、粒が揃ってない、古米臭がするなど)のは当然で、10kgで3,000円切りながらマトモなものを欲しがるのは、現状では、失礼ながらムシがよすぎると申し上げたい。
しかし、実際には10kg3,000円切りながらマトモな商品も大量に、当たり前のようにして出回っています。それらの商品は、生産者から販売者の間のどこかの段階で誰かが血を流していることを理解していただきたい。生産者かもしれない、流通業者かもしれない、誰かの怨念がこもった価格です。
なんて言ったら、ちょっとおどろおどろしいでしょうか。

2013/12/06

水田農業改革に思う

先月26日の「農林水産業・地域の活力創造本部(第9回)」で、政府の水田農業改革の全体像がきまったそうで。
水田農業改革を政府が決定 | 農政・農協ニュース | JAcom 農業協同組合新聞

以下は一区切りついたということでのメモ書きです。

当初、「減反廃止」の報道を聞いた時、私はてっきり、「これは改革派のシナリオで行くんだな」と勘違いしていました(ここでは、山下一仁氏や昆吉則氏、浅川芳裕氏など論客を「改革派」と呼ばせてもらいます。)。改革派の主張は新自由主義と相性が良さそうだし、与党幹事長石破茂氏の過去の発言も改革派の影響を感じさせるものでした。
その後、具体的な内容が明らかになるにつれ、「なんか違うな・・・」となり、今に至ります。

さて、この改革プランについては賛否両論(否が多い?)ありますね。
減反廃止決定と補助金改革 各紙の扱いは? 真の農業改革に必要な発想 WEDGE Infinityでは、各新聞社の報道姿勢がサクッとまとめられています。

まず、批判。ざっと二つの立場があるようです。


批判その1

ひとつは、改革派からの批判。
このプランは減反廃止どころか減反強化であり、今まで以上のバラマキだとする批判です。飼料用・米粉用への最大10万5千円/反の補助金という転作への強いインセンティブがあり、実際には減反強化となるという見方です。
飼料用・米粉用への転作が増え主食用の生産が抑制されれば、主食用米の価格は高く維持されたままで、非効率的な農家の淘汰と担い手農家への集約は進まない。相変わらず国民は、消費者として高米価、納税者として補助金という二重の負担がつづく。消費者のコメ離れは加速し、稲作農業が補助金から自立する道はますます遠のく。
たとえば改革派として減反廃止を主張し続けていた山下一仁氏がその代表でしょうか。
戦後農政の大転換「減反廃止」は大手マスコミの大誤報――キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン

高橋洋一氏。
【日本の解き方】「減反5年後廃止」は本当か 補助金廃止は評価できるがバラマキはコメ以外に拡大 - 政治・社会 - ZAKZAK

民主党議員からは補助金頼りの見た目の所得向上について批判が。
農家の所得は13%増えるのではなく6%減る。

意外にも?毎日、朝日も、改革派寄りの意見です。単に「アンチ安倍」ってことでしょうか?
社説:減反政策の廃止 補助金で改革妨げるな- 毎日新聞
(波聞風問)減反廃止 農政大改革、看板に偽りあり 原真人:朝日新聞デジタル
減反見直しても農家所得13%増 農水省試算、補助金増:朝日新聞デジタル

むしろ、バリバリ改革派なイメージの読売や日経のほうが淡々と政府の主張を報じています。こちらは単に「安倍贔屓」ということ?
農業 3本柱で強化 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

確かに今回の政府方針では、需給がダブダブになって価格低下→淘汰で経営マインドを持った農家が残る、というシナリオにはならない感じです。また、日本再興戦略で謳われる華やかな感じともイメージが違うようです。


批判その2

もうひとつの批判は、淘汰されるかもしれない農業者の立場からです。
今回の方針決定があまりにも性急であること、小農切り捨ての国の姿勢が見て取れること、中山間地への理解に欠けること、水田の多面的機能の評価が足りないこと等。
日本型直接支払いや飼料米の補助金についての内容が具体的になるにつれ、批判のトーンは下がってきましたが、居住する集落やこれまでの暮らしの存続についての不安はまだまだ拭えないでしょう。
はたして飼料用米の販売先など見つかるのか、農地維持も含めてこれら補助金はいつまで続くのか・・・。また、専業農家の方が兼業農家よりも厳しい状況に追いやられ先に倒れてしまうのでは、という懸念もあります。
高橋はるみ知事「進め方性急」政府の減反廃止に : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

上記リンク先ウェッジ誌の記事にもありましたが、地方紙、特に中山間地を多く抱える地域の新聞はこの辺りの不安を伝えます。
鹿児島の情報は南日本新聞 - 社説 : [減反廃止] 丁寧な議論が不可欠だ
AGARA紀伊民報 - 「農政の転換と中山間地」
岐阜のコメ、未来図は 減反見直し、農家賛否 - 岐阜新聞 Web

この不安は、国、とくに農水省の目指しているのイメージがハッキリと見えないことにあるのではないでしょうか。
安倍総理は、
農林水産業を若者に魅力ある産業にし、同時に、日本の農山漁村、ふるさとを守っていく
経営マインドを持った農林水産業者が活躍できる環境を整備し、農業の構造改革を進め成長産業とし、農業・農村全体の所得の増加につなげる
担い手の規模拡大を後押しし、美しいふるさとを守ってまいります。
と力強く語ります。
が、どうも、今回の改革方針はこれらの言葉としっくりこない。
どうも目標とする姿というか想定している改革後のイメージがハッキリと語られてない。なんかモゴモゴと言葉を濁されている、そんな気持ちになるのです。


支持する意見

まあ、あまり見かけないのですが、この改革プランを支持する意見。
有坪民雄氏は、耕作放棄地問題をみる視点から“「中途半端」な減反廃止政策”を効果があるとしています。農地を増やしたい既存の農業者が、集落内での減反割り当てに縛られずに、自然な形で作付けを増やしていける政策だという評価。氏のイメージする改革は改革派のそれよりも穏健で現実的な感じがします。

あと、こういう記事もありました。「英エコノミスト誌」だそうですが、これはいろいろと勘違いしているところがありそうな・・・。
日本の稲作農業:政治の必需品にメス:JBpress(日本ビジネスプレス)


メモ

で、私の感想です。場末の米屋が思いつき勝手に書いてるメモですので、その程度と軽く流してください。

この政策が減反廃止ではなく減反強化であるという指摘はその通りだと思います。が、しかし、その点がこの改革にダメ出しする理由とはならない気がします。
実は正直言って、改革派のシナリオよりも、農水省案の方が現実的で味わい深いようにも思えてきました。

改革派の方達は、収量アップ、大規模化でコスト低減して、国内に流入してくる外国産との競争はおろか、どんどん生産量を増やして輸出しよう!という方向で考えているのだろうと思います。
その立場からすれば、今回の政策は全然方向が違うし、評価できないでしょう。
ただ私、改革派のこれまでの主張に大筋では同意するのですが、具体的な見通しについては些か楽観的で大雑把に過ぎるという印象を持っておりました。改革派的な政策が進められたなら、それはそれで不安が大きかったことでしょう。

国産米需要については人口減・価値観の変化による減少が従来から続いてますが、さらに関税撤廃後は外国産米に奪われる消費がかなりになるでしょう。
生産コストを低減して価格を下げ消費減に歯止めをかけるといっても、コスト削減の余裕は言われてるほどでもなさそうだし、そもそも担い手も含めて生産者・関係者の大部分は生産コスト低減に意欲がある風じゃない。
海外富裕層相手の輸出なんていっても、数はしょぼそうだ。
結局、今のままでは供給過剰でダブダブになることが予想されます。稲作農家の全滅を防ぎ、さらに自立まで目論むには、これまで以上に供給を抑制しなければならない。

ただし、国が生産量を決めて割り当てるのではなく、稲作農家が自分の判断でこれ以上のコメは作らないという判断を下すべきだ、と。
需給見通しの情報は提供するが、その先は自分で判断してほしい。自分のコメが消費側にとってどれほどの価値のものかを正しく自覚して、売れる売れないの判断を各自で下すべきだ。
そして、過剰米が発生しても、自分たちの責任で処理してくれよ。「作る自由」と「作った責任」はセットですよ、と。
安倍総理の次の言葉からそう印象します。
40年以上続いた生産調整の見直しを行って、自らの経営判断で作物をつくれるようにする、そういう農業を実現してまいります。そして、食料安全保障に直結する麦・大豆、飼料用米の生産を振興します。

これからは、コメを食糧として特別扱いするつもりはない。
そんなメッセージが込められているような気もします。まあ、私の勝手な解釈ですが。

そして、転作補助金による生産者のリストラ。
ある程度の低コストでコメを作れる生産者、あるいは、すこしくらい高価でも需要がある食味、品質、個性のあるコメを作れる生産者、つまり主食用米の生産にメリットが有る生産者だけが縮小する主食用国産米市場に残る。
そうでない人は飼料用米などの生産へ。いずれはトウモロコシなど、コメ以外の飼料用作物へとシフトしてもらいたいのでは?
国産米の需要は少なくなるのだから、供給もそれに合わせて減らす。ただし、これまでのように稲作農家の軒数は維持したままで各自の作付け面積を減らすという方向ではなく、主食用稲作農家の数を減らしていくという方向への転換ということでしょうか。
稲作問題の本質は需要量に比して過剰な数の人間がぶら下がっていることだ、と考える立場からすれば、これはありかな?

もし、私が想像したような姿が目標であれば、そりゃハッキリとは言いづらい。ストレートに言うのは少し無体な、というか反発ありそうな感じで、モゴモゴと言葉を濁したくなるでしょう。

しかし、この飼料用米の補助金はいつまでつづくのでしょうか。生産者からみて、補助金貰って飼料米を作るより、もっと魅力的な作物が出てくればいいのですが。どうやって終いにするつもりなのか気になります。まさか、今後ウン十年も続かないとは思いますが・・・。

2013/11/16

関税撤廃よりもMA枠の拡大か?

最近、コメ周辺のニュースが多いですね。

TPP交渉、コメ関税ゼロ枠拡大 米要求で妥協案浮上  :日本経済新聞
 米国はこのほど日本に関税をなくす品目の割合を示す「自由化率」を100%にするように要求。日本が「関税全廃はありえない」と回答すると、米国はコメを高い関税で守る代償に輸入を義務づける「ミニマムアクセス(最低輸入量)米」の枠の拡大を求めてきた。
 同米の輸入量は年約77万トン。2012年度の最大の輸入先は米国で36万トンだった。国別の輸入量は国内需要などをもとに政府が決める。国産米への影響を抑えるため、無税輸入米の大半は焼酎やみそなど加工用に販売しているが、米国は自国産のコメの輸入枠を拡大し、主食米として日本で販売するように要請。政府内で「コメの関税を守るためにはやむを得ない」との意見が浮上した。
ということです。

だいぶ前ですが、このように指摘するツイートをみかけたのを思い出しました。

なるほど、関税撤廃した日本国内で国際価格並の水準で他の国々と競合するよりも、輸出量の増加は少しでも今の価格水準で売れる方がオイシイ。
つまり、高く売りつけることができる市場をみすみす壊すのは馬鹿らしい、アメリカの生産者も減反と関税で支えられた高価格の恩恵に与ろうぜってことじゃないかと。
そこまでは考え過ぎかもしれませんが、しかし日本の消費者は随分と蔑ろにされているなと思わせる提案です。

そういえば、生産調整の見直しも、実質的には減反強化ですらあるとの意見も出ています(戦後農政の大転換「減反廃止」は大手マスコミの大誤報――キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン)。

なんだかんだと関税による高米価維持(消費者負担)も、多額の補助金(納税者負担)も変わらないのか?そんな気にさせるニュースでした。